第19話 彼シャツ幽霊さん1
19話 彼シャツ幽霊さん1
太一の要求した罰ゲーム。それはただ写真を撮ることではなく、普通の格好をして撮る、というもの。
ちなみに幽霊の白装束に関しては簡単に着脱できるものであったため、服さえ用意できれば着替えは容易。ただ女物の部屋着など当然持っていない太一は、自分の服の中からチョイスをした。
(ふへ、ふへへへへ……)
選んだのは、大学の入学式で着た時以来棚に仕舞われていた白地のワイシャツ。
もうお分かりだろうか。太一が狙っているのはズバリ……彼シャツである。
「きっと幽霊さんは彼シャツなんて知らない。何の疑問も持たず、着てくれるはず!!」
部屋着、といっても太一が普段から着ているような半袖のTシャツを渡すわけにもいかないし、かといって長袖のパーカーなんかは今の季節少し暑苦しいだろう。
そう、つまり渡す口実としては完璧なのである。どうせこれから先ずっとそれを着てくれというのではないのだ。ただ今は彼シャツの彼女と写真を撮れればそれでいい。とりあえずでワイシャツを用意した感を出して、一度せっかくだから写真を撮りましょうと言ってから白装束に戻ってもらえばいいのだ。
思い立ったならすぐ行動。太一は畳んであるワイシャツを手に持ち、幽霊の待つ洗面所へと向かう。
「幽霊さーん! 服持ってきましたよー……って、何してるんです?」
「ひゃっ!?」
半開きだった扉を開けて中へ入ると、幽霊は自分の前髪を指でいじいじと触りながら、整えていた。
「た、太一さん! 入るならノックをしてくださいよ!」
「いや、ノックも何も扉半分開いてたので……。幽霊さん、髪を整えてたんですか?」
「あ、いえ。これはその……えっと……」
耳元の黒髪を指に軽く巻き、毛先をくしくしとなぞりながら、少し照れ臭そうに目線を外して。幽霊は言う。
「鏡を見つめていたら、気になっちゃいまして。ほら、この髪を切った時は何となくの感覚でしたし、細かい手入れなんかも出来ませんでしたから」
それは、乙女としての必然行動。自分で鏡を見ながら、あれやこれやと試行錯誤しつつ細かく毛先を整えたりする。要するにそんな女子であれば毎日のように行う事を出来るようになったのが嬉しくて、はしゃいでいたのである。
「幽霊さん、明日の学校の帰りにでも櫛とか買ってきますよ。女の子らしく、いっぱい使っちゃってください」
「い、いいんですか!? ありがとうございます!!」
ぱあぁ、と満開の向日葵のように明るくなる彼女の笑顔を見てつい頭を撫でたくなる衝動を抑えつつ、太一は本来の目的へと話を戻す。
「さて、その事は一旦置いておいて。ひとまず幽霊さんが着れそうな服を一つ持ってきたので、着てもらってもいいですか?」
「え!? 私が太一さんの服を、ですか!?」
「? 駄目でしたか?」
「んっ……い、いえ。なんでも。き、着させてもらいますね」
ただ服を手渡しただけなのにどこか不自然な焦り方を見せる幽霊に違和感を覚えながらも、太一は扉を閉めて洗面所を出る。
不自然な焦り。それもそのはず。
────この幽霊はどこか落ち着くからと、太一が帰ってくるまでの間に一時間以上も、彼の衣服をくんくんしていた恥ずかしい記憶を持つのだから。
「た、太一さんの服を……着る……」
それも、今回は匂いを嗅ぐだけでなはい。衣服を身に纏い、匂いに包まれるのだ。落ち着いていられるわけがない。
「……すんっ」
しばらく着ていなかったからか、数時間前に嗅いだものと比べて匂いは遥かに薄い。そのことを確認して白装束を脱ぎ、シャツを羽織る。
「ぶかぶか。男の人のって、こんなに大きいんだ」
前のボタンを第一ボタン以外全て閉め、袖の先の二つのボタンも完璧に閉めて完成した幽霊withワイシャツのその姿は、彼女の目にはとても不恰好に映った。
布が余る肩に、長すぎて手のひらを完全に隠してしまっている袖。そして何故か一箇所だけ少しサイズがキツい……胸元。
加えて、いくら裾が長いからとはいえ白装束と比べれば遥かに短い布の中で通気性を増し、どこか落ち着かない下半身。これが罰ゲームでなければすぐに元の衣装に戻っているところだ。
(……でも、やっぱり心がホワホワする。私、太一さんの匂い好きなのかな……)
長い袖の先を顔に向けて伸ばし、もう一度鼻をヒクヒクと動かして匂いを嗅ぐ。何の匂いとも例えられない太一の匂いが鼻腔をくすぐると、心が落ち着いた。
(太一さんには、本当にお世話になったし。それにこれは、罰ゲームだから……)
どうせ撮るなら、もっとちゃんとした服を着てが良い。そんな気持ちを払拭しきれないながらも彼女はドアノブを捻り、微かにこの服装への反応に期待しながら……廊下で待つ太一の元へと歩みを進めた。
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