第18話 鳴り響くシャッター音

18話 鳴り響くシャッター音



 黒く、長い髪。童顔ながらも整った容姿。それらを持つ白装束を着ただけの女の子が、不安そうにこちらを見つめている。


────そんな画面が、スマホに映し出された。


「え? え……っ?」


 ペタペタ、と頰に手を当てると、同じように画面の中の少女も頰を触る。画面を見つめ、少し近づいてみると同じように、少女も距離を詰める。


「これ、が……私?」


「幽霊さん、映ってる!? やりましたね! 大成功です!!」


 隣で大喜びする太一の表情が、そこに映っている幽霊こそが自分であると、はっきりと示していた。


 化け物でも、醜い容姿でもない。ただの、まだ幼さの残る女の子の顔。


「私……私なんだ、これが……」


 己の顔への恐怖から鏡で姿を見ることを拒絶し、誰にも見せないよう前髪を伸ばした彼女の世界が、根本から裏返る。同時に体の奥底から込み上げた感情は涙腺を破壊し、頰に涙を滴らせた。


「あ、れ? なんで……止まらなぃ……」


「あはは、幽霊さんボロ泣きじゃないですかぁ」


「う、うるさいですっ。ん、あぅ……うぅっ!」


 何度も、何度も手で拭っているのに、涙は止まらない。隣からからかい混じりに笑いかけてくる太一からハンカチを貰って目元に当てても、変わることはなかった。


「でもほら、見てください」


「うぅ?」


「泣いてる幽霊さんも、めちゃくちゃ可愛いですよっ」


 カシャっ。目を赤くして涙ぐむ幽霊と、満面の笑みの太一との自撮りツーショットを記録する音が鳴り響く。


「や、やめっ……撮らないでくださいよ!」


 震える声で必死に抵抗しようとする幽霊だが、言葉よりも先に涙が溢れて、溢れて。手で顔を覆っても、シャッター音は続いた。


「俺の幽霊さんコレクション第一号は、泣き顔からです! さて、そろそろ泣き止んでくださいね? 次は笑顔も撮りたいですから!」


「な、泣き止めるならそうしてますよぉ……! もぉ、やっぱり太一さんは意地悪です!!」


「まあそう怒らないでくださいよぉ。ほら、ハンカチはもうびしょびしょになっちゃいましたから次はこのタオルで拭いてください」


「ニヤニヤしてるのバレてるんですからね! タオルは貰いますけどッッ!!」


 ちょうど太一がいない間に机の上に畳んで置いていたタオルを幽霊は受け取り、少し強めに目を擦りながらなんとか涙を止める。だがそれまでにもスマホからのシャッター音は続き、ボロ泣き幽霊の写真はフォルダに大量追加されていた。


「お、幽霊さんフォルダが七十枚も溜まりました! 目指せ千枚!!」


「目指せ、じゃないんですよ! あとでちゃんともう一度写真撮りますから、泣き顔は消してください!!」


「いーやですよぉ! 俺はこれから少しずつ厳選をして写真に焼いてからアルバムを作るんですぅ! この泣き顔フォルダだって大切な思い出なんですから!!」


「う゛うーっ!! う゛う゛ぅーーっっ!!!」


 恥ずかしさと悔しさと、楽しさと喜びと。幾重もの感情が重なりすぎた結果、幽霊の口から出た言葉は犬のような呻き声のみ。目を真っ赤に腫らして身体をゆするその姿に、太一はニヤニヤとした表情を向ける。


 だが、幽霊がもう一度タオルに顔を埋めた瞬間。そのニヤけ面は、安堵の表情へと切り替わった。


(よかった……本当に!!)


 一度幽霊に希望を抱かせてしまった分、失敗した時のシワ寄せは大きい。口では大丈夫だと言っても、内心で悲しむ彼女の姿は容易に想像できた。


 でも、だからこそ今は成功したことが嬉しくてたまらない。彼女の悩みを解決できたことも、共に写真を撮れることも。そして何より″自分を心の底から信じてくれた″というその事実で、嬉し涙が出そうになる程喜びが止まらない。


「……よし! 幽霊さん、せっかくですから鏡でじっくりそのご尊顔を拝んできてください! その間に俺は、次の準備をしておきますから!!」





 目標は達成した。ここからは少し……欲望に忠実になって、ご褒美タイムを所望するとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る