第17話 幽霊さんとトラウマ2

17話 幽霊さんとトラウマ2



(どうすれば、幽霊さんを写真に映せる……?)


 そもそも、幽霊というのは実体がない。実体がないから、写真にも映らないわけで。


 だが、こと彼女においてはこれまで幾度と、色んなものに触れてきていた。


 一度身体をすり抜けた体験こそあるものの、たしかに物に触れることができ、その間は実体があると言っても差し支えない状態となっている。


(もしかして、幽霊さんは……)


 太一は一つの仮説を立て、それを実行に移すべく幽霊に問いかける。


「幽霊さん。あの、いつも何かに触ったりする時ってなにか意識してることとかないですか?」


「え? どういうことですか?」


「いや、幽霊さんって結構普通に物とか触ってるじゃないですか。けど透けてる時もあるので、もしかして実体の有る無しを操れたりするのかなぁ、と思いまして」


 太一の立てた仮説。それは幽霊が実体の有無を操れる前提で、写真に映る時だけ実体ある状態になってもらえればというものだった。


 幽霊が写真などに映ることが出来ないのは、実体が無いから(だと考えている)。つまりこうすれば簡単に解決────


「操るのは無理ですね。なんというかこう、無意識に……って言ったらいいんですかね。触りたいと思ったら触れるようになってます」


「なるほど……」


 そこまで甘い話ではなかった。無意識、となると残念ながら仮説は破綻してしまう。


「太一さん、やっぱり無理ですよ。今まで何度も一人で試しましたけど、何をしても鏡にこの身体が映ることはありませんでしたし……」


「いや、まだです! もうちょっと……あともうちょっとで、分かりそうな気がするんです!!」


 太一は頭をフル回転させ、これまでの情景を思い返す。


 幽霊が、様々な物に触れている姿。そして唯一経験した、″自らの身体をすり抜けていた″姿。


 初対面で間の悪さを発揮し、ドジを踏んで俺から逃げるようにして去っていった……あの時の姿を。


(これって、もしかして……)


 唯一身体が透けたその瞬間。幽霊は確かに″触られるのを嫌がって″逃げていた。加えて彼女の、自分の顔を見たことがないことから来る恐怖心。


……太一の中で、答えは完成した。


「幽霊さん、分かったかもしれません。一緒に写真に映る方法」


「ほ、本当ですか!?」


「はい。ただしこれをするには、幽霊さんにやってもらわないといけないことがあります」


 幽霊は無意識に触りたい時に触り、触らない時に触らないと言った。事実ゲームをしたい時にコントローラーを触り、ご飯を食べたい時にお箸を触り……そして太一に触れられたくなかった時、その身体を透けさせた。


 ではもし、幽霊の実体の有無が精神状態に影響するとしたら? 彼女は一人で何度も自らの姿を見ようとしたと言ったが、その時心のどこかで″顔を見るのが怖くて、恐怖心からその事を無意識に拒絶してしまっていたとしたら″?


「幽霊さん、あなたは────世界一可愛い顔をしています!!」


「……はい?」


「サラサラの黒髪も大きな瞳も……すべすべで白みがかった肌も、たまに見せる照れ顔や後は怒った顔も!! 何をしていても可愛い、最高の女性です!!」


「な、ななな何を言ってるんですか!? やめてくださいよ恥ずかしい!!!」


 今、幽霊に必要なことは一つだけ。


 ″顔を見ることへの恐怖を取り除く″。これさえ出来れば、おそらくは────


「幽霊さん、俺を信じてください。この世に幽霊さんより可愛い人なんて存在しません。ですから……顔を見ることを、怖がらないでください」


「そ、それはどういう……」


「きっとこれまで一人、鏡の前で顔を見たいと思う反面、同時に怖かったと思います。でもその恐怖心こそが、鏡に映れない原因だったんじゃないかと俺は思うんです」


 幽霊になってこの方見たことのなかった自分の顔を見る。その時もし、想像していた顔とはかけ離れていたら? 手足や身体つきは人間でも、顔だけが違っていたら?


 批判することのできない妄想は広がっていき、やがてそれは恐怖へと変わる。そして心の奥底で、事実を確かめたくないという拒否反応が生まれる。それこそが原因であると、太一は考えていた。


「太一さんを、信じる……」


「はい。幽霊さんは映画に出てくるような化け物とは違う。ただの、可愛い女の子なんです。自信を持ってください! そうすれば、きっと!!」


「……分かり、ました」


 決して、恐怖心が完全に消えたわけではない。だが、幽霊の中にはその恐怖心に勝る事柄が生まれた。


「太一さんは変態で、ちょっと意地悪で……なにかとすぐに変なことを口走ったり暴走したりしますけど」


 それでも────


「私のことを想ってくれるその気持ちは……信用できますから」


 すうっ、と小さく深呼吸して、胸元に手を当てて心を落ち着かせる。


「お願いします」




 そして、自撮りモードにしたスマホを掲げる太一の隣へと……ゆっくりと、移動した。

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