第16話 幽霊さんとトラウマ1

16話 幽霊さんとトラウマ1



「ツーショット!? ダメですよそんなの!!」


「何でもしてくれるって言ったじゃないですか! それにツーショットなんてただ写真に映るだけですよ!?」


「ダメなものはダメです! 他のことにしてください!!」


 幽霊の必死の抵抗。これは太一にとって、想定外のことであった。


 たしかに、多少嫌がられたり恥ずかしがったりなどは考えていたが。それでもまさかここまで頑なにとは。


「もしかして白装束を脱ぐことが嫌なんですか? それならまあ、そのままでも全然……」


 太一のこの要求には、二つの目的がある。


 一つは卓に見せるため。別に幽霊単体でも構わないのだが、正面から撮らせてくださいと言ってもおそらく断られる。こっそり撮るというのも気持ちが乗らなかった。


 そして二つめ。ただツーショット写真が欲しいから。


 自分との写真を撮らせてください、よりも単体で撮らせてくださいの方がどちらかと言えば成功率が高いのは理解している。だがそれをしないのは、これが理由である。女子との写真なんてクラスの集合写真でしか撮ったことがない太一にとって、好きな人とのそれは憧れなのだ。


「それともやっぱり、俺と写真を撮るのなんて……嫌、ですか?」


「え? いや、そうじゃなくて……」


 幽霊が写真を拒む本当の理由を、太一は知らない。それ故に考えは次第にネガティブな方向へと向いていき、原因は全て自分にあると、そう決めつけてしまう。


 そんな、しょんぼりとした太一の顔を見続けるのは彼女には耐え切れなかった。


「……悪いのは太一さんじゃないんです。ただ、私が……」


 ツーショットを撮りたいのは、太一だけではない。


 本当は彼女も、その申し出を受けた瞬間は心の中で歓喜していたのである。


 だがその感情は、すぐに押し潰される。


 ″自分は鏡や写真には映れない″という、幽霊としての現実に。


「太一さん。テレビの画面を見てください」


「え?」


 幽霊が指さしたのは、乱闘が終了しキャラ選択画面となっている液晶。初めはすぐにはその意味を理解できなかった太一も、この一連の流れから理解した。


「幽霊さんだけ、映ってない……?」


 液晶画面には薄らと、太一の顔が反射して映り込んでいる。これは人間であれば誰でも起こることであり、ごく当たり前の日常茶飯事だ。


 だがその隣に、彼女の姿は無い。どれだけ目を凝らそうとも、擦ろうとも。映ることはなかった。


「これが私が写真を拒んだ理由です。私はこういったものには映らない。こんな身体になってから、自分の顔すら見たことがないんですよ……」


「幽霊さん……」


 なぜ気づかなかったのだろう。太一は自らを恥じた。


 ゲーム機に触れて、お箸に触れて、洗濯物に触れて。幾度となく人間として違和感のない行動を繰り返していた彼女だが、あくまでその本質は幽霊である。事実、何かに触れることは出来ても、地縛霊としてこの部屋に囚われ続け、脱出するには至っていない。


(まさか初めて会った時髪があれだけ長かったのも……顔を、隠すため?)


 だが、それならば。幽霊の美しさを、可愛さを、愛らしさを。唯一理解している太一だからこそ、行動しなければならない。


 表情を見ていれば分かる。彼女自身も、克服を望んでいると。申し訳なさが込み上げてきて、自分を心の中で責めていると。


「幽霊さん、やっぱり罰ゲームは実行します。俺とのツーショット、意地でも撮ってもらいますからね」


「で、でも……」


「でもじゃないです。幽霊さんは俺に″何でもしてくれる″って約束してくれました。なら、俺は幽霊さんにそうさせるために尽力します」


 自らの顔が分からないことで怯え、身を隠して生きてきた幽霊と、彼女の魅力を唯一理解している太一。




 そして、太一はまだ知らない。幽霊のこのトラウマを克服するための唯一にして最重要であった鍵は……紛れもない、彼自身の存在であったということを。

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