第13話 寂しがり幽霊さん

13話 寂しがり幽霊さん



 階段を上がり、部屋の前に立つ。ごちゃついているズボンのポケットを漁り、鈴のついた家の鍵を取り出し、扉の鍵穴へと刺してゆっくりと回した。


────ガチャ、ギィッ……。


「あっ」


 扉を開けた先にいたのは、玄関からリビングへと向かう廊下の壁にもたれてどこかそわそわとしながら、太一の方を見て顔を赤くしている幽霊。拍子の抜けたような声を出して目を合わせると、次はたじろいで太一との距離を詰める。


「た、ただいまです。えっと……もしかして、待っ────」


「違いますからっ!! たまたま!! たまたまここを通っただけですから!!!」


 必死に声を上げて反論する幽霊だが、声そのものが届こうとも、その内容が太一を納得させるには当然至らない。


 事実、昼ごはんを食べ終えてからソワソワを始め、すぐに手持ち無沙汰になってこの廊下を軽く一時間ほどは徘徊していた。たまに扉の覗き穴を覗いてみたり、意味もなくチェーンをカチャカチャしてみたり。太一の帰宅は、待ち望んだものなのである。


「でも、たまたま通ったにしてはやけにしばらくいた感じを出してましたよ? 壁にもたれて、足の指で何もない床をいじいじして」


「せ、洗濯が! 洗濯が終わるのを待ってたんです!!」


「ふうん、そうですか」


 ぷりぷりとしながら必死の言い訳を繰り返す幽霊の横を素通りし、太一は脱衣所へと入る。


 そこには洗濯機が置かれており、中には幽霊が入れた太一の衣服が詰められていた。


「……洗い終わってますよね。それも、少し乾き始めてるような」


「か、乾燥機能!」


「うちの洗濯機にはそんな便利機能ありませんよぉ」


 現状を理解し始め、圧倒的に優位に立っていることを自覚した太一は喜びのあまりニヤけ、それを見た幽霊は恥ずかしさで赤面する。


 どれだけここから批判しても、幽霊に待っているのは自滅と更なる辱めだけ。それを察してか、はたまた寂しがりやとしての心の限界か。小さく口を開くと、諦めるように本当の気持ちを自白し始めた。


「……し、かったんですもん」


「え、なんて言いました?」


「寂しかったんですもん!! 悪いですか!?」


────若干の逆ギレを含みながら。


「太一さん、全然帰ってこないし……する事もなくて。いいから早く構ってください! お話ししたり色々……したいんですっ!!」


 言いたいことを言い切って……すぐ我に帰って。羞恥心が溢れかえり、目も合わせられない。


『言いすぎた』『嫌われた』。幽霊は心の中にそんな考えがよぎり、目尻に涙を浮かべた。太一を大学に行かせたのは自分なのに。きっと彼自身、急いで帰ってきてくれたに違いないのに。そんな相手に自分勝手にワガママを言うなんて、情けないと。


 だが────


「分かりました! 幽霊さんを寂しがらせた分、色んなことしましょう!! お話しするだけでも楽しいですし、あとはゲームしたりご飯食べたり、ぼーっとテレビを見たり!!」


「……え?」


 太一の反応は、簡単に予想を覆す。


 第三者から見れば簡単な話である。自分が恋している相手が自分を待って寂しがってくれて、しかも構ってほしいと素直に打ち明けてくれた。そこに怒りを覚えることなどあるはずもなく、あるのは喜びの感情だけ。


 その片鱗を微かに理解した幽霊は、バレないように涙拭いた。


 そしてまだ素直になりきれない、不器用な笑顔を浮かべて。言う。


「じゃあ今日は、たっぷりゲームを教えてもらいますからね。ちゃっちゃとシャワー浴びてきてください」


「はいっ、喜んで!!」


「あ、ちょっ! ここで脱ごうとしないでくださいよ!? まだ私いますから!!」


「一緒に入りますか!?」


「入りませんッッ!!!」


 バタンっ、と勢いよく扉を閉め、脱衣所に太一を押し込んだ幽霊は、すぐに一人リビングへと移動して。太一がいない間に一箇所に片付けておいたゲーム機をすぐに机の上に並べて、ウキウキ気分でシャワーから上がるのを待つ。



 その整った顔に浮かんでいたのは今日一番の、純粋な笑顔であった。

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