第002話 吸収する少女

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 翌朝。イクサの意識は、けたたましい咆哮と顔面に走った鈍痛により戻った。

 彼の眼前に居るのは裸体の子供。性別不明だったが、女だと言うことは昨晩服を脱がせたときに確認して知っていた。

 布切れを抱え、ガタガタと震えている。彼女は口をパクパクとさせ、遅れて声を出した。


「誰!?」


 叫ぶような、泣くような声。


「イクサだ。お前は?」

「リェリィ……じゃなくて! なんで僕は裸なの!? え!? ここどこ!?」


 イクサは答える代わりに溜め息を吐いた。

 しばらく無言で空中を見つめてから、やおら刀を取った。


「え? なになになになに!?」

「面倒だから殺そう。連れ帰ったのが間違いだった」

「待って待って待って! わー! よくわかんないけどごめんなさい!」

「なら落ち着け」


 彼女は言われるままに何度も深呼吸をした。イクサの殺意が本気であることを悟ったのだろう。

 何度目かの深呼吸ののち、先ほどよりは落ち着いた、されどもまだ震える声で言葉を探る。


「えっと、僕は一体なんで裸でいるの……? イクサ、さん?」

「砂まみれだったからだ」



※  ※  ※  ※



 ――昨晩。家に着いたイクサは、入るなり意識のないリェリィを裸にした。衣服や体に付着した砂を落とすためだ。荷物を居間に置き、玄関に寝転がっているリェリィを持ち上げた。イクサの紡流は吸収され、だらんと垂れた手足から砂がさらさらと流れ落ちた。やはり思った通りであった。


 綺麗になった彼女をベッドに横たえた。胸に膨らみはないものの、股関節にも膨らみはなかった。この時点でリェリィが女性であることが判明していた。しかしイクサは顔色一つ変えない。


 紡流が行き渡ったためであろうか。先程まで生気を感じられなかった顔に血の気が戻ったように見えた。か細いが寝息も聞こえた。ひとまずこのまま死ぬということはなさそうである。


 嵌め殺しの窓からやさしく降る月影が、彼女の白い肌を青白く染め上げる。


 雪。


 ここには存在しない。遥か北方にあると言われる。それはとても冷たいものらしいというくらいしかイクサにはわからなかったが、なるほど確かに周りの温度が一際下がったように思えた。


 イクサはいつも自分が被る布切れを少女に被せた。

 自身もコートを脱ぎ、動きやすい服装に着替えた。いつもは愛刀である “砂喰すなくむし”を抱いて寝るが、床に置いた。刀の代わりに目の前の少女の手を握る。自分の体から紡流が抜けていくのを感じた。頭の中に立ち込めていた煙が、すっと引いて行く。鼻が通り、空気の味を感ぜられる。頭の中でカチカチと音を立てていた痛みが引き、代わりに軟らかな絹が後頭部全体を包み込んだ。


 久しぶりの安息に、もうこのまま起きられなくなってもいいとさえ思い、目を閉じた。


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