ハエルヌンによる春(5)

 東州公[オンジェラ・ゴレアーナ]の後見人として、都に来ていたゾオジ[・ゴレアーナ]どのが、また、前触れもなく、サレの屋敷をふらりと訪れて来た。

 この時は運よく、サレは在宅中だったので、大事にはいたらなかった。

 サレが応接室に通そうとすると、ゾオジどのが大きな手を横に振った。

「失礼ながら、東州公が母ぎみとお会いしている間の暇つぶしに、贈り物を届けに来ただけですので」

 そのように言いながら、ゾオジどのがうるしりの小箱をサレに差し出した。

「煙草がお好きと聞きましたので、葉を持参しました。東方の国からの舶来品です。よかったらお吸いください」

 ゾオジどのの申し出に、サレは「それはありがたい。大事に吸わせていただきます」と素直に受け取った。

「前のいくさでは、私の家臣も丁重にほうむっていただき、感謝のことばもありません」

「……いくさびととして当然のことをしたまでです。お互い、大事な家来をたくさん失いました。いくさ場で人を殺すのが我々の仕事ですが、やりきれない部分ですな」

 サレの言に、ゾオジどのは黙ってうなずいた。

「前のいくさのことがあり、気兼ねするそうですが、愚息があなたにお会いして、いろいろとご教授願いたいと言っておりました」

「優秀なご子息に、わたくしが教えることは何もありませんが、わたくしもまたお会いしたいと思っておりました。わたくしもご子息もいくさびとです。敵味方に分かれて斬り結んだ程度のことを、いちいち気にする必要はないように思います。……ご子息はすばらしいいくさびとですが、正直、うらやましくはありませんな。わたくしは息子に凡夫としてつまらない一生を送ってもらいたい」

 サレが話している間中、静かな笑みをたたえていたゾオジどのは、ひとつ首肯したのちに、「話の続きはまたゆっくりと。きょうはこれで失礼いたします」と言い、サレの屋敷を後にした。

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