ハエルヌンによる春(4)

 晩冬三月。

 再度、薔薇園[執政府]にしゅうぎょ使と後見人たちが集まり、円卓を囲んだ。

 今回は、先に根回しをしておいた、鳥籠[宮廷]対策にかかわる三つの書状について、おうを書いてもらうための集まりであった。

 つつがなく署名が終わったあと、それぞれの書状に[オルネステ・]モドゥラとサレらが裏書うらがきした。

 その最中、近北公がとなりの[タリストン・]グブリエラに向けて、次のように言った。

「鳥籠は、これまで、いくさをやめたいときの方便に役だったが、これからは州馭使の統治に権威を与える以外の仕事は控えてもらいたいものだな。国が乱れるもとだ……。なんにせよ、これで、動き出していた時がまた止まりはじめた。めでたいことだ」

 三つの書状は鳥籠へ送られたのち、その内容を記した高札が、各州各管区に立てられた(※1)(※2)。




※1 各州各管区に立てられた

 三つの書状は、デウアルト家に奉じる書、モドゥラ上奏文、サレ約定を指す。

 デウアルト家に奉じる書により、州馭使たちがデウアルト家の権威を保証することを知らしめる代わりに、宮廷の統制を図るモドゥラ上奏文を認めさせた。

 デウアルト家の権威は高く、ないがしろにすれば反発を招く恐れが、とくに都においてあった。しかしながら、それは宮廷が華美な生活を無制限に送ることを許容していたわけではなかったので、モドゥラ上奏文による宮廷への締め付けに対しては、みやこびとの了解が得られるとハエルヌンらは判断した。

 宮廷は協議の結果、デウアルト家に奉じる書とモドゥラ上奏文を受け入れたが、話をまとめるのに時間がかかったことを受けて、貢納の額をさらに一割減らされた(きょだくが遅れるほど貢納の額を減らすと、宮廷は執政府からおどされていた)。


 「執政官および州馭使は、各州を統括する者として、七州の安寧あんねいを期するため、先例故事に基づき以下の事柄を宮廷に請願する」ではじまる「九〇八年の上奏文」(モドゥラ上奏文)の主な条項は以下の五項目である。

一、ちょくしょを出す場合は事前に執政官の承認を得る事。

二、密勅はこれを控える事。

三、執政官の同意のない上奏文については、これを受け取らない事。

  受け取ってしまった場合は速やかに執政官へ送付する事。

四、事前に執政官の許可を得た者以外のこくしゅ拝謁はいえつはこれを退しりぞける事。

五、執政官以外の国主に対する貢納は、まず執政官がこれを受け取る事。


 また、モドゥラ上奏文の裏返しである「九〇八年の執政官、州馭使の連名による約定」(サレ約定)の主な条項も以下の五項目である。

一、執政官の同意のない勅書には、州馭使は従わず、執政官に確認を取る事。

二、密勅はこれを受け取らない事。

  受け取ってしまった場合はその勅には従わず、速やかに執政官へ送付する事。

三、執政官の同意のない上奏は行わない事。

四、国主に対して拝謁を求める場合は、事前に執政官の同意を得る事。

五、国主に対して貢納をする場合は、家格に過ぎたものは控える事。

  また、直接宮廷には贈らず、執政官の確認を受け、彼に貢納を依頼する事。

  貢納に問題があると判断した場合、執政官は贈り主にこれを返却する事。



※2

 州馭使と後見人たちへの根回しを終えた執政官トオドジエ・コルネイアは、デウアルト家に奉じる書とモドゥラ上奏文を宮廷へ内示した。その際、受け入れない場合は、西南州の宮廷への貢納を廃止する。また、返答を長引かせた場合も、同様の措置を取ることを暗に示した。

 事態を受けて、デウアルト家の家宰が、モドゥラに面談を求め、貢納の件につき、デウアルト家に対して僭越せんえつな振る舞いであるから考え直すように談判したところ、彼は「これは執政官から厳命を受けている事案であり、変えることはできません」とすげなく拒否した。

 それでも家宰が食い下がってきたので、南を背にしていたモドゥラは、次のように彼へ告げたとのこと。

「あなたさまは話をする方向をまちがえておられる。いくら南(執政府)に向かって話をしても意味はございませんよ。あなたさまは話をするべき相手に背を向けておられる。とにかく、わたくしは上から厳命を受けており、その申し出は承服しかねます」

 モドゥラの言に激高した家宰が、「上とはだれだ?」とたずねてきたので、「上は、上だよ」と彼は応じたとのこと。

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