ハエルヌンによる春(3)

 その年、国主[ダイアネ・デウアルト五十六世]への新年のあいさつに、七人のしゅうぎょ使がそろった。これは前の大公[ムゲリ・スラザーラ]にもなしえなかった偉業であり、前例がいつなのか、都の物知りでもわからぬとの話であった。「長い内乱」より前にさかのぼるのではないかという大貴族もいた(※1)。

 何にせよ、近北公きんほくこう[ハエルヌン・スラザーラ]により、平和が訪れたことを、みやこびとは実感した。


 公の意向を受けて、執政官[トオドジエ・コルネイア]が薔薇園[執政府]に、州馭使とその後見人たちを集め、円卓に坐らせた。

 そして、その場で、公の指示により、執政官、[オルネステ・]モドゥラ、サレらが進めていた、デウアルト法典改定の素案について、説明をした。

 各州の州法のもとでありながら、形骸化していたデウアルト法典を再編成し、法によるちつじょの立て直しを進めることを、公は求めたのであった。


 法典改定の説明に先立ち、執政官は公を一瞥いちべつしてから、次のように、円卓へ坐っている者たちに演説した。

「簡単に言ってしまえば、今回の改定の目玉は、法典の規定と実際の運用がかいしてしまっている、州馭使という職の規定を現実に即したものに改めることにある。州馭使とは何なのか。それは、州の安寧あんねいを保つために、州内の統治において不可侵的な権限を持ち、その点について、他州の州馭使およびその他の者から最大限の尊重を受けるべき者のことである。この点の規定があいまいであったため、今回改めたいと考えているので、各州馭使におかれては、ご協力願いたい。……ところで、州馭使は七州においては、絶大な権限を持つ職である。そこで、州馭使を束ねる立場である執政官として、次の事柄については、各々おのおの、とくに誠意をもって対応していただきたい。それはなにかといえば、民草は州を成り立たせる根幹であるから、よく働く者が認められ、働けぬ者も衣食住に不自由がないようにつとめていただきたい。また、州馭使として民草をよく導き、必要な教育をほどこしていただきたい。合わせて、民草が罪を起こした場合でも、武器を手にした蜂起など、州の統治に多大な影響を及ぼさない限りは、なるべくこれを殺さないように願いたい。加えて、民草に与える影響が大きいことから、州の間の係争については武力を用いず、協議が不首尾となった場合は、私に裁定を依頼することを徹底願う。以上の点についても、法典に盛り込む予定なので、よくよくご留意願いたい」

 話し終えた執政官が公を見ると、黙って小さくうなづいた。


 各州馭使および後見人たちの確認をた法典の改定案は、鳥籠[宮廷]へ内々に提出され(※2)、粛々しゅくしゅくと受理されたのち、国主[ダイアネ・デウアルト五十六世]の名で発布された(※3)。

 法典の改定にかける、公の並々ならぬ熱意を聞かされていた鳥籠の住人たちは、つまらぬ邪魔立てをして、後難をこうむるのを恐れたのだった。



※1 「長い内乱」より前に遡るのではないかと言う大貴族もいた

 この件については、史家によっても意見が大きく分かれている。いまも続いている議論について詳細を述べるのは、ふくを取るし、本注釈のしゅからも外れるので割愛かつあいする。


※2 鳥籠[宮廷]へ内々に提出され

 宮廷に花を持たせることで改定を通りやすくするために、ハエルヌンは上奏という手段を取らなかった。

 なお、もはやサレは触れてもいないが、法典の改定、とくに州馭使の規定について、スザレ・マウロがひとり騒ぎ立てた。しかし、あとのわざわいを恐れて、だれからも相手にされなかったとのこと。

 だが、この活動のおかげで、現在の中央集権論者たちからは、その言説や姿勢を高く評価され、マウロは彼らの「守護者」に収まっている。


※3 国主[ダイアネ・デウアルト五十六世]の名で発布された

 その他の重要な改定としては、中央集権が機能していた時代のなごりで、疫病や災害へ備えるために、各州の各管区に穀類の一定量の作付けを義務付けていた穀類法の該当がいとうしょが削除された。

 これにより、穀類の育ちにくい地域では、その土地に適した産物の生産がしょうれいされるようになり、州の間の交易が活発化した。

 なお、この穀類法の改定については、エレーニ・ゴレアーナがハエルヌンに献策した可能性が指摘されている。

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