ハエルヌンによる春(2)

 鳥籠とりかご[てんきゅう]を出た近北公きんほくこう[ハエルヌン・スラザーラ]は、その日の宿である執政官[トオドジエ・コルネイア]の別邸に入った。


 公から所望されたので、茶を用意していたサレに対して、公が一振りの刀を見せてきた。

「我らが国家の安寧あんねいを妨げる、諸州の敵を討ち滅ぼし、忠臣としてデウアルトの家名を高めたことについて、国主さま[ダイアネ・デウアルト五十六世]に代わり、摂政として礼を言う。これは国主さまからのささやかな礼だ。受け取られよ」

という言葉とともに、摂政[ジヴァ・デウアルト]から拝領した刀とのことであった。

 「ずいぶんときらびやかな刀ですな」とサレが言うと、「どれくらい価値のある代物しろものなのだ」と公が問うてきた。

 サレは刀を抜き、一通り眺めてから、二三回振ってみた。

そうしょくひんとしての価値はわかりませんが、いくさ場では役に立たないなまくらですな。この刀、どうなされるのですか?」

「私には似合わんな。ばんちょう[ルウラ・ハアルクン]なら様になっただろうし、与えたら喜んだだろうな……」

「……たしかに」

 刀をながめながら、しばし考え込んだあと、近北公が口にした。

「東南公[タリストン・グブリエラ]から、妾腹の男子ではなく、ザユリイ・ムイレ=レセとの間にできた長女を、後継者に定めたいむねの話が来た」

「その件については、ご本人からお聞きしました」

 そのようにサレが答えると、近北公は少し目つきを厳しいものにした。

「仲直りしたのか。それはいいことだ……。それはともかく、後継者の話などのような、東南州の自治に関する事柄について、私がとやかく言う筋合いはない」

「東南公をこころよく思っていない勢力に、妾腹の男子が担ぎ出されるのを防ぎたいのでしょう。あなたさまの同意があれば、よい牽制になりますから」

「相変わらず、東南公は求心力がないな。しかし、その件について、私が言葉を与えるというのは、やはり、東南州の自治の観点から好ましくない。東南公と私は、あくまでも同格なのだからな。しかし、この内乱で彼は微々たるものしか得ていない。できれば要望に応えてやりたいのだが……」

「あなたさまではなく、執政官が同意を与えるというのはどうでしょうか。それならば先例もあるでしょう」

「それも微妙だな……。他州に対する執政官の権限をどれくらいに収めるかというのは、これかの大きな課題だ」

 刀の話がどこかへ行ってしまったので、サレは困惑した。

 いつも結論から話そうとし、それを他人にも求める近北公らしくない物言いに、サレは彼が何かを決めあぐねているのを察した。そして、気がついた。

「あなたさまは、東南公のご息女に、鳥籠[宮廷]から拝領した刀を差し上げたいのでは?」

「……それならば、私が直接的なげんを与えずとも、東南公の願いを叶えたことになるように思うのだが?」

「鳥籠からの拝領品を、他家へすぐに与えてよいものなのかをお悩みなのですか?」

「……その通りだ」

 近北公の物言いが少し気になったサレが「何か他に?」とたずねると、「いや、なにもない」と答えが返って来た。

 サレは茶をてている間に思案したのち、近北公に告げた。

「それでしたら、物の言いようでどうにでもなるように思われますが……。[オルネステ・]モドゥラに問題がないか聞いておきましょう」

「そうか。それならば、ホアラ候にあとは任せる。うまく進めてくれ」


 モドゥラに照会したところ、かまわないとのことだったので、近北公は鳥籠より拝領した刀を、グブリエラの娘のザユリアイに与えた。

 拝領品の下げ渡しに、いつものように今の大公[スザレ・マウロ]が噛みつき、その中で「不法にも七州を専断する、真の国のかたきはだれであろうな?」と嫌味を言ったので、刀は「くにがたき」と呼ばれるようになった(※1)。



※1 刀は「国仇」と呼ばれるようになった

 「国仇」はのちに、グブリエラ家当主のあかしとなったが、それは本叙述を根拠としている。

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