いっそ、うつくしく(2)

 近北公きんほくこう[ハエルヌン・スラザーラ]により、七州の安寧あんねいさまたげるものは、塩賊えんぞくがいちくされた。

 塩賊撃滅を力説するサレに、公は「それもよかろう」と言ったが、サレには塩賊退治を一任してくれず、執政官[トオドジエ・コルネイア]のもとで動くように指示を受けた。

 サレに任せるとやりすぎると思われたのだろうが、執政官を通じて必ず塩賊を根絶してやろうと、サレは意気いき揚々ようようとコステラに乗り込んだ。


 まだるっこしいことに、執政官が「話し合いで済むのならばそれにこしたことはない」と言い出して、ルンシ[・サルヴィ]と交渉をはじめた。はなから口で解決する気のないサレは交渉から締め出されたが、サレにとっては運よく、話し合いは不調に終わった。


 とにかく、次の一戦でかならず塩賊の問題を解決する必要があると考えていたサレは、いつも事があると塩賊が逃げ込む、聖なる森[ウルマ=マーラ]の焼き討ちも辞さない構えを見せた。

 すると、鳥籠[宮廷]が騒ぎ出し、果ては、ばかな大貴族がホアラの公女[ハランシスク・スラザーラ]のところへみ、文化を守るためという名目で、サレをなだめるように訴える始末であった。

 森が燃えようがどうしようが、公女には関係のない話であったが、せいじゃくさまげる訪問に大激怒した彼女によって、サレはホアラへ呼び戻され、長い説教を受けた。

 それでも、サレはめげず、いまや七州で逆らえる者のいない公に訴え出て、ウルマ=マーラを焼くことについて了承を得た。

 ただし、ここでも、塩賊討伐の司令官は今のバージェ候[ホアビウ・オンデルサン]へするように、公から厳命を受け、サレはその行動を制限された[※1]。


 九月二十四日、執政官は連合軍(※2)の指揮をバージェ候にゆだねて、塩賊への攻撃を開始した。

 想定通りに、塩賊がウルマ=マーラへ逃げ込んだので、森の民に避難を呼びかけると同時に、バージェ候は塩賊に対して最後の通告を行ったが、ルンシは相手にしなかった。彼の願望から、連合軍が聖なる森へ火をつけるようなまねはしないと思い込んでいたのだろう。愚か極まりないことであった。

 しかし、実際に火をつける段になると、だれも事をそうとはしなかったので、それならば自分でやるまでと、サレは森へ向かって火矢を放った。

 このサレの行為により、みなのつまらぬかせが外れ、森へ次々と火がつけられた。

 サレは、「燃やしても木は生えてくる。しかし、塩賊は生き返らない」と言って、家臣をしっ激励げきれいし、動くものは何でもかんでも殺すように命じた。

 日ごろ、サレが厳しく訓練をほどこしていた兵たちは、一部の者たちが妄信していた天罰などは気にすることなく、あるじめいを守った。実に立派な、ほこるべき働きであった。

 バージェ候もサレと同じくらい努力をして、父親の汚した家名のみそぎをすませ、公のオンデルサン家に対する疑念を晴らした。めでたいことであった。

 男だけでなく、女子供から家畜まで殺していると、季節外れの大雨が降り始めた。

 これを「森を焼くな」という天啓てんけいと受け取る者が多く、きわめて残念で愚かしいことに、連合軍の士気がひどく低下したので、それを機に、塩賊の残党どもは突破口を開き、南東へ逃げ落ちて行った。

 こうして、いちおう、塩賊の掃討は終わった(※3)。

 塩賊が逃げ出すと、連合軍の兵たちが、せっかくサレが火をつけた森の火消しに不眠不休で精を出し始めた。

 大雨のためもあり、森は少し燃えただけで、常の静けさを取り戻してしまった(※4)。



※1 サレはその行動を制限された

 バラガンスの戦いの失態を受け、ハエルヌンはサレの指揮能力に疑問を抱いていたようである。


※2 連合軍

 塩賊退治には、西南州、東南州、近西きんせいしゅう、バージェ領、ホアラ領の兵が参戦した。


※3 こうして、いちおう、塩賊の掃討は終わった

 サレが主導した第二次大掃討により、塩賊は大打撃を受けたが、火付けと虐殺のため、サレは強い非難にさらされた。しかしながら、常の通り、気にする様子は本人に見受けられなかった。

 父兄へのこうてい、ホアラの放棄、コステラ=デイラでのじょうらんに、このウルマ=マーラの焼き討ちが加わり、「あくのノルセン」と呼ばれ、彼の悪名は極まった。

 ウルマ=マーラの焼き討ちを防げなかったことで、宮廷および国主の権威は大いに失墜した。


※4 常の静けさを取り戻してしまった

 サレの軍以外は、火付けをためらったとする史料もある。

 なお、森が燃えるのを見るために、多数の見物人が都からめかけたとのこと。

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