第四章

そして、沈黙(1)

 サレが近北きんほくしゅうにて、ほくどの[クルロサ・ルイセ]のそばにいたころ、ホアラではとんでもないことが起きていた。

 ポウラ[・サウゾ]とどういう話になっていたのかはわからなかったが、バラガンスの野で近北公[ハエルヌン・スラザーラ]の首を召す前に、その前菜を欲したのであろうマルトレ候[テモ・ムイレ=レセ]の軍が南下して、ホアラを囲んだ(※1)。

 常道としては、ホアラにこもるべきであり、ちょとつのオントニア[オルシャンドラ・ダウロン]ですらそう考えていた。

 しかし、そこを逆手に取ったのがオーグ[・ラーゾ]であった。

 オーグはオントニアをそそのかして、「ちょっと様子を見に行きましょう」とわずか百騎で候の兵三千の前に立つと、敵のかん、「せんになることはあるまい」という思いを察知した。

 野生の嗅覚をもつオントニアもそれを感じ取り、猛然と敵陣へ突っ込んだ。

 結果、候の兵は総崩れとなり、彼から兵を託されていた司令官は、逃げ出す味方の人馬に踏みつぶされて死んだ。

 その首を鉾先ほこさきかかげて猿のように叫ぶオントニアの声が、ホアラ中に響いた。


 ラーゾとオントニアの活躍によって、公は南からの脅威を防ぐことができ、候のためにそなえていた兵力をバラガンスに送ることができた。

 寝返りの時機を読みまちがえて、公の強いしっせきを受けたサレであったが、家臣たちの別格の働きによって、おおいに面目をほどこすことができた。

「私を討ってからホアラを取ればよかったのに。ホアラをだれかに取られるとでも思ったのかな。テモ・ムイレ=レセは金儲けは得意だが、それだけの男だったようだ。それにしてもオルシャンドラ・ダウロンは古今に類の少ない勇者だ」

 そのように上機嫌でサレに告げた公に対して、ポウラ一派の残党狩りに加わりたくなかったサレが、反乱者たちに対して寛大な処置を願い出ると、一転して、公は床を蹴りながら激高した。



※1 ホアラを囲んだ

 ハアルクン(ポウラ)の乱におけるムイレ=レセの動きは不可解である。

 ホアラなどは放置して、バラガンスに向かう動きを見せていれば、いくさはどうなっていたかわからなかった。

 もともとサウゾとの約定が積極的な協力ではなく、不戦程度のものだったのだろうか。

 しかしながら、ハエルヌンを敵に回した以上、最優先でするべきはその首を取ることであったのはまちがいなく、彼の言が示す通り、見通しの甘い男であったと思われる。

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