第三章

反乱、許して

 十月十日早朝。

 近北きんほくしゅうの中央にあるバラガンスの野に、近北公[ハエルヌン・スラザーラ]とポウラ一派の兵が出そろった(※1)。


 ポウラ一派の左翼に陣取り、体をふるわせていたほくどの[クルロサ・ルイセ]に、ひげ面で髪形を常のものとは変え、護衛へ化けていたサレが、次のように声をかけた。

「いいではありませんか。失敗しても死ぬだけです。私はいくさの一翼をになうような軍勢を動かしたことがありませんので、頼られても困ります。ふたつの大いくさで、あなたのために、多くの者が死んだという事実がある。あなたがこのまま終わってしまえば、彼らは犬死にしたということになる。それでよいのですか。あなたはいくさびとの家に生まれながら、いくさびとにならぬまま死ぬのですか?」

 すると言葉の力というのは時に偉大なもので、北左どのは落ち着いた。


 いくさがはじまるとすぐに、北左どのは刀を抜き、彼の監視役を務めていたポウラ一派のいくさびとを斬った。

 それを合図に、北左どのの家臣とサレも刀を振るい、ほとんど抵抗なく、ポウラ一派の者たちを一掃した。

 それから北左どのは、公に味方することを告げたのち、それまでの不満を家臣たちに吐露した。

「ルイセ家はもともと貴族の出であり、代々の近北公へ忠誠を尽くして来た家柄だ。そして、私はその当主である。近北州においては、だれからも、最低限の礼節を持って遇されるべき立場にある。たしかに、私のいくさびととしての力量が足りないことは、恥ずべきことであるのはまちがいない。しかし、いま、私の語っている礼節とは、私個人に対するものではない。我がルイセ家の歴史に対する礼節の話をしている。加えて、私は、公を除いて、近北州でだれよりも民草の声に耳を傾け、彼らの日々の安寧あんねいを図って来た。それは私のほこりであり、ルイセ家に仕えるおまえたちの誇りでもある。それに対して、いくさしか知らぬ、蛮勇を誇るしか能のない者どもが、私だけでなく、私の家臣や、大事な民草までをも軽く見、ろうするのにはもう耐えられない。いままでは、私の軟弱さ、勇気のなさのせいで、彼らと事を構えるのを避けて来た。しかし、遅きに失したかもしれないが、いま、この置かれた状況において、私は決心した。彼らの風下に立つくらいならば、私は死を選ぶ。私は戦う」

 言い終えると、北左どのは軍旗を持ち、馬に乗って、眼前のポウラ一派の陣へ駆けて行った。

 サレはそれを追わず、北左どのに従おうとする騎兵のづなをつかまえて、「これからの近北州に必要なお方だ。殺すなよ」と声をかけた。


 北左どのがいくさびとらしいところを見せたのまではよかったのだが、事態を予測していたポウラ一派はよく持ちこたえ、サレが思ったような成果を挙げることはできなかった(※2)。

 もっと戦いが進んでから寝返ればよかったのだろうが、北左どのにもサレにも、そのようないくさの機微はわからなかった。

 いくさに勝ったので、大きな問題にはならなかったが、戦後、北左どのを𠮟れない公は、彼の代わりに、サレをかたきのようにののしった。一度だけでなく、しばらくの間、会うたびに小言をいわれたので、サレは心底辟易しんそこへきえきした。


 いくさは、ポウラ[・サウゾ]ひきいる敵右翼を、彼を西せいどの[ザケ・ラミ]暗殺の首謀者と考え、ふくしゅうに燃える西せいどの[オリーニェ・ウブレイヤ]の精鋭が粉砕し、そのまま敵後方に回って包囲の形を取ると、いくさは公の勝利に終わった(※3)。

 ばんちょう[ルウラ・ハアルクン]どのはしんがりを立派に務められると、どこぞへと落ち延びて行った。

 いくさの経過が、前の大いくさ[ロスビンの戦い]に似ていたので、ある者たちは、「オアンデルスンの呪いのせいで万騎長は負けたのだ」とささやいた。


 いくさのあと、公が激戦となった西方を視察することになり、サレも同行を求められた。

 一気に老け込んだように見えた公が、「人間、生まれて来ないのがいちばんだな」とつぶやいた。



※1 近北公[ハエルヌン・スラザーラ]とポウラ一派の兵が出そろった

 バラガンスの戦いは信用できる史料が少なく、その兵数を断定できないが、ハエルヌンの軍が一万二千、ハアルクン(ポウラ)の軍が八千程度であったと考えられている。


※2 サレが思ったような成果を挙げることはできなかった

 ハアルクンは、ルイセの寝返りの可能性をサウゾに忠告しており、彼もそれに従い、対策をほどこしていた。

 このように、軍事には優れた協調関係を構築していたふたりであったが、その他の事柄ではそうはいかずに敗れた。サウゾがもう少し、ハアルクンを立てていれば、反乱の趨勢すうせいは変わっていただろう。


※3 いくさは公の勝利に終わった

 身内や知り合いが敵側にいることもあり、両軍の士気は低くかった。

 とくに、ハアルクン側の将たちは「いざ、スグレサ」と意気いき揚々ようようであったが、彼らに従う兵たちの動きはにぶかった。

 このことについて、ハエルヌンが、執政官トオドジエ・コルネイア宛ての戦勝報告の書状にて、「兵はみな、いくさに飽き飽きしておりました」と書き残している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る