沈黙、そして(6)

 こうどの[ボスカ・ブランクーレ]のおかげで、ほくどの[クルロサ・ルイセ]の説得に成功したサレであったが、次の仕事、北左どのの周辺にいるポウラ一派の者どもをいつ、どのように始末するのかについて、相談をしておく必要があった。

 ここら辺の話は、さすがに北左どのもいくさびとであったので、淡々と進み、寝返る直前にまとめて殺すことに決めた。


 上の話が終わり、北左どのが席を外したところで、高家どのの身の置き場についての話になった。

「北左は大丈夫だとは思うが、万が一のことがある。私はスグレサに戻ることにする」

「ここがだめだとおっしゃられるのであれば、どこぞに隠れておられてはいかがですか?」

 サレが心配すると、高家どのは首を横に振った。

「北左の前では彼を不安にさせるので言えなかったが、私は伯父おじうえの疑心を招くようなことはなるべくしたくないのだ。命の危険があってもな……。ハエルヌン・スラザーラの血族であるというのは辛いことだ。おまえがうらやましいよ」

 やや間を置いてから、「護衛をつけられては?」とサレが提案すると、「私をだれだと思っている。おまえが西で泥水をすすっていたころ、私はこの近北州で血を啜って生き長らえて来たのだぞ。スグレサに戻るくらいのことは、ひとりで大丈夫だ」と高家どのが抑揚なく言った。

 高家どのの言に、サレが黙ってうなづくと、彼は静かに苦笑した。

「と言いながら、北左のところへのこのこと出向いて来たのだから、私の言葉には説得力がないな。まるでどうだ。しかしな、ノルセン・サレ。おまえも私も道化にならねば、これから生きていけぬぞ、おそらくな。ハエルヌン・スラザーラを甘く見ない方がいい」

 返答に困る話に、サレが、「なぜ、そのようなことをわたくしに?」とたずねたところ、「なに、いくら私でもひとりでは泳いでは行けぬからな、これからのまつりごとの世界は。仲良くして行こうという話さ」と高家どのが応じた。


 北左どのが戻って来ると、高家どのは適当な言い訳をして、屋敷から出て行った(※1)。




※1 屋敷から出て行った

 理由は先に述べたものと同じだが、本回顧録には、十月六日のルウラ・ハアルクンの挙兵から十日に行われたバラガンスの戦いまでの期間について、サレの周辺以外の動きがほぼ記されていない。

 よって、読者の便宜を考えて、以下に、その期間における近北州の各管区および諸州の動きについて補足する(すでに知っている者は読み飛ばすように)。


近北きんほくしゅう各管かくかん


・東管区

 東管区はほぼハアルクン(ポウラ)一派が制圧したが、ルウラ・ハアルクンの配下であったオウレリア・ウアスサ(大ウアスサ)は、彼が代官を務めていた土地にこもり、抵抗をつづけた。 

 ウアスサ家は戦後、栄達を果たし、一躍名族化する。ウストリレとの戦いで活躍した小ウアスサはオウレリアの孫にあたる。


・西管区

 近北州の穀倉地帯であったウブランテサは、スグレサに次いでハアルクン一派が占領を目指した重要拠点であった。

 しかしながら、近西きんせいしゅうの助力があったうえに、ハアルクン一派の動静を常に監視していたオリーニェ・ウブレイヤの活躍により、蜂起はほぼ未然に鎮圧された。

 なお、あるじであるザケ・ラミに対しても、ウブレイヤは日頃から狩りへ出向くことをひかえるように諫言かんげんしていた。その言葉をラミがしんに受け止めていれば、ハアルクンの反乱は起きなかった、もしくは小規模なものに抑えこめていたと考えられる。


・南管区

 スグレサをようする南管区では、火つけや要人の暗殺がくわだてられたが、ほぼ失敗に終わった。

 その報告を受けたハエルヌンは、「老公(コイア・ノテ)に襲われた時の大公(ムゲリ・スラザーラ)の心持ちを味わったよ」と、あんから来る軽口をたたいた。


・北管区

 ポウラ・サウゾが東管区の兵を侵入させたため、北管区は一時的に混乱状態へおちいったが、きょうかつされたルイセがハアルクン一派にくみすることを決めると、民心はいちおう落ち着いた。


・マルトレ領

 サウゾの甘言とハエルヌンに対するえんから、ハアルクン一派にくみし、挙兵した。


〇各州


・西南州(バージェ領含む)および東南州

 サウゾと結びついた塩賊が蜂起し、その対応のために、近北州への助勢ができなかった。

 なお、ハアルクンは塩賊と与することを良しとしておらず、サウゾら側近が無断で交渉を進めたことが各種史料にて明らかとなっている。

 塩賊挙兵の一報を聞いたハエルヌンは、「ノルセンがしたり顔で何か言って来るだろうよ。忌々いまいましい」と答えたとのこと。


・東部州(ハアティム領含む)

 モルシア・サネとゾオジ・ゴレアーナが不穏分子をよく抑え込み、民衆もそれに協力した。


・遠北州

 ハアルクン一派の動きに合わせて、対近北州強硬派が、病身のしゅうぎょ使ルファエラ・ペキの反対を押し切って挙兵したが、ルオノーレ・ホアビアーヌの籠るサルテン要塞を抜けずじまいで、その間に反乱は収束した。


・近西州

 ロアナルデ・バアニ自らが精鋭千騎をひきいて救援に出向いたが、遠西州の動きを警戒して、それ以上の兵は動かさなかった。


・遠西州

 州内の混乱のため、とくに動きはなかった。


〇ルウラ・ハアルクンの動き

 サウゾら側近の説得に失敗したハアルクンは、「きみたちがそうしたいのならば」と挙兵に賛同し、連判状におうを記した(写し現存)。

 しかしながら、寝返る代わりにルイセへ対して、代官地の安堵を約したことから亀裂の生じていた側近たちとの関係は、ハエルヌンの助命と、きゅうだんじょうに彼の父殺しについては書かないことを厳命したのにも関わらず、それらに反する言動をサウゾらが取るとたんした。ハアルクンは屋敷に籠り、バラガンスに向かうまでの間、側近たちとの意思の疎通を拒んだ。

 ハアルクン側は一枚岩ではなかったうえに、側近たちは領地獲得以外の事柄への感心が薄く、人心は最初から離れていた。

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