沈黙、そして(4)

 西管区のウブランテサにのがれようとしていたサレは、近北公きんほくこう[ハエルヌン・スラザーラ]の命により、北管区のほくどの[クルロサ・ルイセ]のもとへ、北州公[ロナーテ・ハアリウ]の密書を届けるはめにおちいってしまった。

 密書の中身は、北左どのの身分と代官地の保証を北州公が確約するものであった。

 事ここに至っても、北州公をまつりごとたずさわらせることを嫌がった近北公であったが、北州公をはじめとした周りの説得にどうにか応じて、密書に裏書うらがきした。近北公だけでなく、ともかく、北左どのを安心させる必要があるからと、執務室にいたすべての者がおうを記した。

 合わせて、北州公はポウラ一味を州の敵であると宣告し、一味をきゅうだんする高札こうさつを近北州全土に立てるように、近北公へ命じた。北州公から近北公に対するしょうがいゆいいつの命令に対しても、近北公は強く抵抗したが、最後にはどうにか折れた。


 北州公の様子を見て、近北公も覚悟を決めたようで、大盤振るまいをはじめた。

 巨人の口[サルテン要塞ようさい]で頑張っていたルオノーレ・ホアビアーヌには、内乱に勝利したあかつきには、ポウラ派についた遠北えんほくしゅうの討伐と彼女を遠北公の地位にけることを約した。

 同じく、ウブランテサの防備を固めていた西にしばんちょう[ロアナルデ・バアニ]には、西せいどの[オリーニェ・ウブレイヤ]とよく相談して行動するように指示したうえで、勝利の際には、ケイカ・ノテの近西公きんせいこうちゃくにんを確約した(※1)。


 スグレサを旅立つ際、サレは近北公から次のようなことを言われた。

「敵側は民草に不人気だから、長期的に見ると不利になる。だから、中立派や民草に力を見せつけ、味方に引き入れる必要がある。つまり、早期の決戦を望んでいる。しかし、それは、他州の動きや中立派の動きが読めない我々も同じだ。だが、今のままではこちらが不利だ。頼むぞ」

 それに対してサレは、「とにかく、これからは、北左どのを怒鳴らないと約束願いたい。そうでなければ、万難を排して、わたくしはホアラに戻ります」と啖呵を切った。すると、近北公が大きく二度にどうなづいたので、サレはそれでよしとした。

 それから、近北公は「とにかくやってみるか。しかし、ポウラどもはいいな。勝てば求めていた領地がもらえ、死ねばそんなことを考えずに済む」と軽口を叩き、すっかりいつもの彼に戻っていた。


 ラシウ[・ホランク]が「護衛の職をまっとうする」と、近北公の言うことを聞かずに駄々をこねたが、「公の三人のお子をウブランテサに送り届ける大事な仕事」と、サレが彼女の腹を撫でながらなだめたところ、二つ返事で応じた。

 「元気な子を産めよ」とサレがラシウのほほに手を置きながら言うと、「まだまだ先のことですよ、兄上」と、彼女はあに弟子でしの手に自分のそれを重ねた。


 北州公は近北公の説得に応じず、スグレサへ残ることとなった。

 以上を見届けてから、サレは北管区への潜入をはじめた。



※1 勝利の際には、ケイカ・ノテの近西公着任を確約した

 同時に、ゴレアーナ家に対しては、ハエルヌン側につくことを条件に、オンジェラ(エレーニ長子)のしゅうぎょ使そうちゃくにんへの協力を約した。

 なお、このとき、補佐ほさかんのモルシア・サネはゾオジ・ゴレアーナと協力しつつ、エレーニの書簡を偽造して(「アイル=ルアレの民に与える書」)、東部州の民心を落ち着かせるなど、老練な手腕を発揮していた。

 ウデミーラ・ハオンセクはハアルクン(ポウラ)派と手を組むことはしなかったが、旧領に野心を見せ、サネの激高を買った。事態はいくさの一歩手前まで行ったが、ウデミーラが長子ホラビウをアイル=ルアレに派遣して謝罪させ、サネの要請に応じて、ホラビウが実質的な人質となったので事なきを得た。しかしながら、この一件は、ハオンセク家に対するハエルヌンの心証をいたく傷つけ、後の処断を決定づけた。

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