沈黙、そして(2)
サレがラシウ[・ホランク]を置いて、近北公[ハエルヌン・スラザーラ]の執務室に戻ると、公の側近が
「騒々しいぞ」と酒を飲んでいた近北公に
それに対して公は「良い知らせをゆっくりと話せ」と応じると、円卓に坐って酒に付き合うように、サレへ手振りで示した。
「かねてから約定にありましたとおり、
側近の言に
「なお、万騎長、いえ、ポウラから近西州に対して使者が送られていたそうですが、その首はすでに
報告に近北公は「ロアナルデもケイカ[・ノテ]を
しばらくの沈黙の後、側近が「ふたつあります」と告げたので、公は「ふたつもあるのか」と激高し、両宰どのが不安そうに地図から顔を上げた。
「マルトレ
「それでは帰れないではないですか」とサレがつい口に出すと、「私を見捨てて逃げ出すつもりだったのか」と近北公が怒鳴った。
おそらく、マルトレの弱兵は広く七州に知られていたし、テモとは不仲であったので、成敗する良い機会を得たぐらいに近北公は
「合わせて、
その一言を聞いた瞬間、近北公は手にしていた杯を床に打ちつけ、「北左が私を裏切っただと。ばかな。
「ルオノーレ・ホアビアーヌどのは、ポウラ派と呼応した
サレのような第三者から見れば、北左どのがポウラ派に
「これではない。もういい、自分で探す」
両宰どのが声を荒げるのをはじめて聞いたサレは、もしや、これは負けるのかと思いはじめ、どうにかこうにか、この場から逃げ出す
近北公は公で、椅子に深々と座り、両宰どのの様子を無表情で見つめながら、つまらぬことを口走りはじめた。
「私は二度、自ら死を選んだことがある。一度目は首つり、二度目は毒薬を飲んだが、老人[モルシア・サネ]が薬をすり替えていて生き延びた。私は、いつの間にか、この七州にとって不要な、いや邪悪な存在になっていたのかもしれない。そんなに、この首が欲しいのならば、ルウラ、いやポウラにくれてやってもいいのだが。私はもう、生まれて来て
「ハエルヌンの病気」と、たびたび両宰どのが書状などで述べていた症状が、近北公に出たようだったが、サレもサレで自分が生き残る方法を考えるのに忙しかったので、つい、「お望みならば」と口にしてしまった。
「
「州に
なぜ、自分がこのような役回りをしなければならないのかよくわからないうちに、忙しそうな近北公の側近たちに代わって、サレは公を
「万騎長もその配下も、いくさびととしては優れていても、統治者としてはどうなのでしょうか。オアンデルスン・ゴレアーナにもそのきらいがあったようですが、いくさに強いだけの者が支配者となれば、彼らの考えるところの細かい話などというものは、どうにでもなると考えるのではありませんか。しかし、その細かい話が民草の暮らしの
近北公とサレが愚にもつかないことを話し合っていると、両宰どのが公の杯を奪い、一度に飲み干した。
「穀倉地帯を押さえるマルトレ候と多数の兵をもつ北左が敵に回ったとすれば、兵の質がいくら低いと言っても、こちらに勝ち目は薄い。……私の首で済むのならば、ポウラのもとへ持って行くか?」
そのように両宰どのが弱音を吐いたので、こちらについては、サレは強く反対した。
「何も死ぬ必要はない。きみは近西州に逃げ込めばいい。きみは七州に必要な人材だ。死んではいけない」
語調強く口にするサレに対して、「それなれば、私も一緒に逃げるべきかな?」と近北公が言って来たので、サレは「公は、いまさら人の家の
すると、近北公は大きくため息をついてから、「クルロサにテモ。やはり、
それに対して、両宰どのが怒りをあらわにして、「おまえのそういう物言い、考え方が、今回の問題の
慣れない大声で
それをよい機会と捉えたサレが、「とにかく、北州公[ロナーテ・ハアリウ]と、近北公の二人のお子に、身重のラシウをスグレサに置いておくのはよくありません。このわたくしがウブランテサに連れて行きましょう」と言ったところで、近北公の家臣たちが一度に立ち上がった。
サレが何事かと執務室の入り口を見ると、北州公が立っていた。
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