どれほどの土地が人にはいるのか(9)

 塩賊の件どころではなくなり、サレが近北きんほくしゅうにいる理由はなくなったので、彼は難を逃れるため、一刻も早くホアラへ戻りたかった。

 そのため、近北公[ハエルヌン・スラザーラ]の相手をしながら、その時宜をはからっていたのだが、サレが近北州から出て行く理由もまた、強いてなかったので、切り出すことができずにいた。

 「ホアラが気になるので帰ります」とサレが言ったところで、「私の身は心配ではないのか」と近北公に言われてしまえばおしまいであった。

 サレがそのような状況におちいっていたところ、近北公が、頼みごとがあると言い出して来た。

「おかみ[ロナーテ・ハアリウ]を屋敷に置いておくわけにはいかないので、睡蓮館に連れて来てほしい。相手方に利用されてもかなわないからな。私の手勢を何人か貸してやるから、行って来い」

 断る理由がなかったのでサレはいちおうしゅこうしたが、一言申し添えた。

「人が足りないご様子……。わたくしひとりでも十分ですが?」

 すると「おまえはひとりにすると飛んでいてしまうからな」と、近北公がつれないことを言ったので、「わたくしは虫ではありませんよ」とサレもいちおう怒って見せた。しかし、実際にすきあらばホアラへ戻ろうと思っていたので、強い言葉は返せなかった。

 近北公の「似たようなものだろう」という声を背中に受けながら、サレが執務室の外に出ると、青ざめたラシウ[・ホランク]がとぼとぼとついてきた。

 ラシウがサレに何か言いかけたところ、声が出ずに、胃の中の物が出た。

 退いてそれをけたサレは、「やめてくれよ。血は平気だが、そういうのはだめなんだ」とラシウに声をかけた。

 顔をさらに青ざめさせ、立っているのがやっとの様子のラシウに、「とにかく横になっていろ。話はお勤めが終わったらゆっくりと聞く。いいな」とサレがさとすと、彼女は何とかひとつうなづいて、執務室へ戻って行った。

 扉が閉じると、サレは部屋のあるじに向かって、「やってくれるよ。こんなときに」と舌打ちをした。

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