どれほどの土地が人にはいるのか(8)

 りょうさいどの[ウベラ・ガスムン]とサレが睡蓮館に着くころには、すっかり夜は明けていた。

 予想通り、警固が厳重な睡蓮館を襲った刺客たちはすべて撃退されていた。

 本来、館に住み込んでいた下男が襲撃の直前に火をつける手はずであったが、男の身元は事前に割れており、騒動を起こす前に捕らえられていた。

 その話を聞いて、ポウラ[・サウゾ]という人物はつくづく甘い男だなとサレは思ったが、その評価は後に裏切られた。


 中に入りたくはなかったが、両宰どのがついて来るように言ったので、彼に従って、サレも近北公きんほくこう[ハエルヌン・スラザーラ]の執務室へ入った。

 さすがに暗い顔をしていた近北公の横で、ラシウ[・ホランク]が、常の無表情ではなく、苦痛に顔をゆがめながら、椅子に坐っていた。

 近北公が両宰どのではなく、サレに向かって、「やられたよ。なぜだ?」と今さらなことを口にした。

 それに対して、サレは、巻き込まれて命の危険にさらされたこともあり、べらべらと次のようなことを口にした。

「まあ、反乱を起こしたくなる気持ちもわからんでもありませんな。苦労の割にもらいが少ないように見受けられますから」

 サレの言に近北公はむっとした表情で言葉を返して来た。

「なぜ、領地にこだわる。俸給は金で与えているし、死ぬまでの生活の保障も約している。それで十分ではないか。欲深い者たちだ」

「いくさびとは土地というものに思い入れのある者が多いですからな。身を立てた証というか。しかし、予測はできなかったのですか?」

「多少、配下どもが騒ごうが、ルウラ[・ハアルクン]が止めると思っていたのだ」

 言い終わった近北公が円卓の端を叩くと、それまで空を見つめていたラシウが、びくついて公の右手に目を落とした。

 ラシウの異変を気にしつつ、サレはまた口を開き、「なるほど、信頼されていたのですね。その割には……」と皮肉を言った。

 すると、サレの言に対して、近北公が「……それ以上は言うな。わかっている」と静かに応じた。

 「和議は?」とサレが両宰どのの方を向いてたずねたところ、近北公が代わりに、「ルウラの家臣が許さんだろう……。それに、あの男が立つと決めた以上、いまさらどうにもならんよ」と忌々いまいまに言った。

「北州公[ロナーテ・ハアリウ]に和議のあっせんをお願いはできないのですか?」

 サレがそのように問いかけると、近北公は目をつむり、右手で両のこめかみを押さえながら答えを返して来た。

「おかみにか。……それはできない相談だな。たとえ、こちらが負けようとも、お上をいくさに巻き込むわけにはいかない。私は恥知らずな人間だが、それでも耐えられないこともある」

 断言すると、近北公は首を曲げ、ラシウを見ながら、「しかし、私には人を不幸にするために生まれたところがあるようだな」と難しいことを言い出した。

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