どれほどの土地が人にはいるのか(7)

 十月五日の夜明け前。

 スグレサに与えられていた屋敷で、サレがいつものように、壁を背にして寝ていたところ、物音がした(※1)。

 腕の立ついくさびとが四人、サレを殺しにやって来たのだった。

 しかし、サレの敵ではなく、彼は全員の息の根をとめた。

 あやめる前に、男のひとりから話を聞きただしたところ、彼らはポウラ[・サウゾ]の手の者であった。

 のん気なもので、サレはこの時になってようやく、ハアルクン一派から、自分が近北公きんほくこう[ハエルヌン・スラザーラ]に近い者だと思われていたことを知った。


 サレという人間をよくよく観察していれば、近北州の内紛などについては、彼が中立を保とうとすることなどは、分かりきった話であった。それに加えて、サレを殺すのに四人ばかりを連れてきたりと、ポウラは物が見えていない男であった。

 サレを殺すには十人は必要だったろう。


 刺客たちを撃退した際、男のひとりが、下女を人質に取り、逃走を図ろうとしたので、サレは小刀を投げた。だが、暗いうえに(※2)、女が不必要にもがいていたため、まちがって彼女に刺さって絶命した。サレもかわいそうなことをしたものである(※3)。


 サレが屋敷から出ると、男が屋敷に火をつけようとしていたので、こちらは小刀を投げて、うまく刺し殺した。

 サレは屋敷についた火を消そうとしたが、油をかけていたようで、一気に火の手が広がった。

 らないといったのに、公から無理やり与えられたものだったので、屋敷が燃える分には惜しくなかったが、中の荷物は取りに行くべきかと一瞬考えた。

 しかし、結局はあきらめ、りょうさいどの[ウベラ・ガスムン]の屋敷へ走った。

 なぜ、サレが睡蓮館へ向かわなかったのかというと、館の防備は万全だったろうし、近北公のそばにはラシウ[・ホランク]がいるので大丈夫だと思ったからだ。

 と後から聞かれた時にサレは答えたが、本心は日ごろの友誼から、両宰どのの無事が気になったためだった。


 サレが両宰どのの屋敷に近づくと、火の手が見えた。

 顔見知りの門衛が、屋敷の燃え落ちるのを見ていたので、サレが彼のあるじの安否をたずねると、両宰どのは、執務室から外へ通じる地下道へ逃げ込んだので無事であろうとのことだった。

 その地下道の出口を教えてもらい、サレが出向くと、両宰どのがいたので、互いの無事をしゅくした。

 睡蓮館に行きたいと両宰どのが言うので、サレは護衛を買って出て、彼を無事に送り届けた。



※1 物音がした

 サレは病気の時以外、寝所の寝台のうえで休むことはなかったとのこと。毎夜、場所を変え、異変があれば即座に対応できる姿勢で眠った。

 これはせつりゅうの教えらしく、オジセン・ホランクとラシウも同様だったらしい。


※2 暗いうえに

 サレは左目が先天的に鳥目であったとのこと。


※3 サレもかわいそうなことをしたものである

 これには異説があり、人質の下女もろとも、狼藉者ろうぜきものを刺し殺したとの話が伝わっている。どうやら、真相はこちらの方らしい。外聞がわるいので、手元が狂い、女を殺めてしまった話に変えたか。それとも、サレの記憶ちがいか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る