どれほどの土地が人にはいるのか(4)

 身を危険にさらすからと、近北公きんほくこう[ハエルヌン・スラザーラ]から、趣味の狩猟を禁じられていた西せいどの[ザケ・ラミ]が、その約束を破った。

 結果、新暦九〇五年八月七日、狩りの帰り道に、西左どのは近習もろとも、何者たちかによって射殺された。

「死ねと命じていないのに、勝手に死ぬことはないだろう」

と公は忠臣の死を深くいたんだのと同時に、家臣のほとんどが敵に見えたかのごとく、疑心にとらわれ始めた。

 西管区の管区長はりょうさいどの[ウベラ・ガスムン]が兼任することになり、実務は西左どのの側近だったオリーニェ・ウブレイヤが見ることになった。


 暗殺の首謀者の首に、金の延べ棒百本がけられる中、七州全土で犯人探しがはじまり、各州の為政者は身の潔白を証明するため、州内の調査を行った。

 サレもホアラの人別にんべつあらためをしっかり行ったが、それらしき者たちは見つからなかった。

 都や塩賊を抱えていることもあり、西北州は調査がはかどらず、公の不興を買った。

 サレは、執政官[トオドジエ・コルネイア]とオルベルタ[・ローレイル]に調査の徹底を依頼した(※1)。


 この大々的な調査はしかし、公のらしの面があったように、サレには見えた。

 なぜなら、公を含めてだれしもが、きたばんちょうどの[ルウラ・ハアルクン]の周辺を怪しんでいたからだ。

 万騎長どのから本人および配下の関与を否定され、両宰どのは手が出せないでいた。確証がない中で万騎長どのを必要以上に疑っては、彼の矜持を傷つけ、場合によってはいくさになると思ったからだろう。

 西左どのの暗殺について、話を耳にした時、サレは万騎長どのの家臣の犯行を第一に疑ったが、旧臣派、摂政[ジヴァ・デウアルト]派、オアンデルスン一派の残党、塩賊などの犯行もありうると考えた。とにかく、公は敵が多すぎた。

 直臣派と旧臣派の対立が深刻化していただけでなく、文治派と武断派の対立も生じていたなかで、間に入り、それらをつないでいた西左どのの死により、中立の立場を取っていた武断派の中にも、ハアルクン一派にくみする者が出てきた。

 だれが西左どのを暗殺したのか。万騎長どのの手の者なのかそうでないのか。

 近北公にとっては重要な事柄であったが、サレも含めて、その他の多数にとっては、それどころではなかった。

 だれもが、内乱の近づいていることを感じ取っていた。


 しかしながら、この時点でも、サレはのん気なもので、自身と家族の身はどのように転んでも、どうにかなると思っていた。

 サレは東南州の所属で、近北公の直臣ではなく、また、彼に恩はあったが、それ以上の奉公をしていた自負があったので、必要以上に、公へ肩入れする必要はないように考えていた。

 ハアルクン一派が勝利したとしても、公女[ハランシスク・スラザーラ]をないがしろにするようなことはなさそうであった。それはつまり、サレの身分も保証されていると考えても差しつかえないように思えた。

 そのような考えがあったから、サレは極力、両者の間に立つようなまねはひかえた。

 ただし、公女の身の安全だけは保たなければならなかったので、乱が起きたらすぐに、彼女をコステラへ避難させる手はずだけは整えておいた。

 上の話を公女にしたところ、彼女はずいぶんと喜んだ。公女は都へ戻りたくしょうがなかったのだ。その様子は、まるで乱の到来を待ち望んでいるかのように見えた。



※1 調査の徹底を依頼した

 二人の対応が生ぬるいと考えたハエルヌンは、サレを都に派遣しようと考えたが、ラミ暗殺の調査を名目に、サレが塩賊に対して強硬な姿勢を取ることが目に見えていたので、ガスムンの献策で取りやめとなった模様。ラミの暗殺で揺れている中、塩賊と揉め事を起こす余力は近北州にはなかった。

 なお、この時、ラミ暗殺への対応として、東部州からモルシア・サネを召還し、代わりにサレを補佐監につけるという話が近北州の中で出た。関わる領土、権限からして、サレからすれば出世と言えたが、彼は拒否した。

「公は口ではすぐにホアラへ帰してやるとおっしゃられたが、死ぬまで異郷で働かされるのが目に見えている以上、わたくしとしては断らざるを得ませんでした。栄達よりもホアラの繁栄のほうがわたくしにとっては大事なのです」

とコルネイア宛ての書状に書き残している。

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