地にうずもれて(7)

 鳥籠とりかご[てんきゅう]に入る際も、サレは刀持ちとして同行を命じられた。

 摂政[ジヴァ・デウアルト]との会見にも陪席するように言われ、サレが難色を示したところ、近北公きんほくこう[ハエルヌン・スラザーラ]が思いもよらぬことを口にした。

「これから南のことは、おまえを通すことにしようと考えている。取次役とりつぎやくということだ(※1)。……ボスカ[・ブランクーレ]が思いのほかよくやってくれている。近北州内のまつりごとはウベラ[・ガスムン]、外の政はおまえ、いくさごとはルウラ[・ハアルクン]に任せて、私はそろそろ隠居させてもらおうと考えている(※2)」


 摂政と公の会見は淡々と進んだが、雑談が途切れたところで、[オルネステ・]モドゥラ侍従がオアンデルスン[・ゴレアーナ]に与えた書状の話になった。

「わたくし個人は苦にしておりませんが、みやこびとがどう思うか。どう納得させるかについては、摂政どののご意向もうかがっておきたいところです。……わたくしもあまり汚いことばかりしておりますと、州民から見捨てられてしまいます。それは、避けたいところなのです」

 静かに話し終えた公に対して、摂政はひじけをゆっくりと叩くばかりで口を開かなかった。

「モドゥラ侍従には、少しの間、スグレサにいていただきたいと考えているのですが、いかかがでしょうか?」

ちっきょか?」

「ええ、名目はそういうことになりますかね、おそらく。都とちがって、スグレサはひなびたところですが、しばらくの間、とどまるにはよいところだと思いますが。都とちがって、空気がんでおりますから」

「北は寒いと聞いている。オルネステが寒さに強いのか、私は知らない。かぜでもひかれては困る」

 摂政の言を受けて、公が顔を青ざめさせている侍従を見た。

「寒いのはお嫌かな?」

 そのように公が話しかけると、数瞬の沈黙の後、侍従は首を横に振り、「文官といえども、七州は尚武の国であります。それなりにきたえております」と応じた。

 公は侍従の言を良しとして、両手で肘掛けを叩いてから立ち上がると、「これで万事、片がつきましたな」と言い、会見を切り上げた(※3)。



※1 取次役ということだ

 サレは翌年、正式に西南州取次役に任じられる。

 これによって、西南州に属する者(宮廷を含む)は、近北州(ハエルヌン)に用件がある場合、基本的にサレへ話を通すことを求められた。

 ハエルヌンが絶対的な権力者となっていく過程で、取次役の重要性は高まり、サレの権力の源泉となった。

 サレが劣勢の中でも、ウストリレ進攻問題において、反対の主張を押し通すことができたのは、ハエルヌンの意向により、取次役に留まりつづけたことが大きい。

 なお、サレの着任と同じくして、遠北えんほくしゅう取次役とりつぎやくにルオノーレ・ホアビアーヌ、遠西えんせいしゅう取次役とりつぎやくにラール・レコ、東部州取次役にタリストン・グブリエラが、それぞれ任じられている。

 ロスビンの戦いで失態のあったグブリエラであったが、この取次役を務める中で、ハエルヌンの評価を得て、後の栄達につなげた。


※2 私はそろそろ隠居させてもらおうと考えている

 ハエルヌンは同様の内容を、執政官トオドジエ・コルネイア宛ての書状にも書き残している。それを読んだコルネイアが冗談交じりに「サレの側近政治の始まりかな」と言ったとのこと。


※3 会見を切り上げた

 ジヴァがオアンデルスンに、決戦に勝利した場合、ハエルヌンを公敵にすると約したため、オアンデルスンはロスビンに誘い出された。

 その約定はガスムンの謀略であった可能性が高く、ジヴァは謀議の協力者であっただろうが、彼としてはオアンデルスンとハエルヌンを天秤てんびんにかけており、オアンデルスンが勝利した際には、約束通り、ハエルヌンをおおやけてきにしていただろう。

 ジヴァが謀議に加わっていたことはおもて沙汰ざたにはできなかったため、オアンデルスンと交渉したモドゥラを蟄居とすることで、体裁ていさいつくろったと思われる。

 以上が、ひとつの見立てであるが、ジヴァとオアンデルスンとの約定にガスムンが関係しておらず、その失敗後、ジヴァが権威を保つために、モドゥラを切り捨てたと見る史家もおり、断定はできない。

 そして、この問題を複雑にしているのは、モドゥラの動きである。

 モドゥラは蟄居からの復帰後、サレの下で、ジヴァの意向に反する宮廷改革に加わっている。

 近北州にいる間に、ハエルヌンに取り込まれたと考えるのが順当に思われるが、オアンデルスンとの約定はジヴァの単独行動で、(モドゥラは反対であったが)その責任を押しつけられて、あるじと決別したと見る向きにも、一定の妥当性は残っている。

 オアンデルスンとの約定がガスムンとの共同謀議だったのか、そうでなかったのかは、サレがモドゥラに送った書状を確認しても、明確に判別できない。

「ホアラでは十分なおもてなしができずに失礼いたしました。ご相談がありました件、両宰どのにはわたくしの方からも話をつけておきましたから、身の回りの品に困るようなことなどがありましたら、何も気になされることなく、両宰どのにお話ください。なお、両宰どのとの交渉に不都ふつごうがあれば、いつでも、わたくしにご一報くださればと思います。加えて、先に申しました通り、北のご老人(ハエルヌンのこと)は、あなたさまに興味がないように見えましても、見るべきところは見ておられますから、早く都にお戻りになりたいのならば、くれぐれも身を慎まれて日々を送られますように」

 公敵宣告にガスムンが加担しており、モドゥラの蟄居が形式的なものであれば、このような文面にはならないはずという主張にも一理ある。

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