地にうずもれて(3)

 勝ったとはいえ、いくさにおける被害が大きかったので、近北公[ハエルヌン・スラザーラ]は東進をしないのではないかとうわさされたが、公は連合軍、東州軍の区別なく戦死者をとむらうと、負傷兵をロスビンの宿営地に残して、東部州のアイル=ルアレを目指した。

 サレは多数の兵を失っていたし、そもそも東部州などには行きたくなかったので、塩賊に怪しい動きがあるとして、都の警固にまわして欲しいと訴えたが、公の怒りを買っただけであった。

 都の警固には、大いくさで左翼の先陣を押しつけられ、ゾオジ・ゴレアーナのために散々な目に合わされていたバージェ候[ホアビウ・オンデルサン]の残兵が置かれた。

 前のバージェ候[ガーグ・オンデルサン]に対する公の怒りは冷めておらず、ホアビウは嫌な役目ばかりを押しつけられていたが、黙々と務めをこなしていた。

 そのことをサレはよく知っていたので、公から「おまえが行きたくないと言うのならば、ホアビウを連れて行く」と言われたので、仕方なく命に服することに同意した。


 配下の兵は数が少ないうえに、オントニア[オルシャンドラ・ダウロン]をのぞいて士気も低かった。士気の低さはなにもサレの兵だけの話ではなく、連合軍全体がそうであったように、彼には見えた。

 これ以上のいくさは避けたいというのが、連合軍に属した将兵の多くの願いであったが、それは東部州の兵も同じであった。

 東部州が戦わずに、アイル=ルアレを無血開城したので、サレを含めて多くの連合軍の将兵は、ほっと胸をなでおろした(※1)。

 戦後の処置が定まるまで、アイル=ルアレの統治の一端を任された後、サレはホアラに戻った。

 連合軍とちがい、東州公[エレーニ・ゴレアーナ]の力添えがなければ、オアンデルスン[・ゴレアーナ]に兵力を回復する手立てがないなかで、サレがいちばん恐れていたのは、彼が東部州の山中などに潜んで抵抗することであった。しかし、そのようなことはなかった。

 オアンデルスン一派の残党狩りへ駆り出されることもなく帰郷できたのは、サレにとってぎょうこうであった。


 ハアティム候[ウデミーラ・ハオンセク]のおかしな動きに対して(※2)、近北公は「やつはガーグとおなじだ」と衆目の集まる中で言葉を吐き捨てた。

 すると、どういうわけか、小ハオンセク(※3)がサレに取り成しを頼みに来た。よくできた若者の頼みなので、サレは近北公のところへ出向いたのだったが、まさしく藪蛇やぶへびというやつで、近北公の激高を受け、うのていで公の幕舎から逃げ出した。


 オアンデルスン一派の残党が駆逐されるなど、事がすべて終わったとき、摂政[ジヴァ・デウアルト]が、「赤い柘榴ざくろが輝くどうに負けたか」と言ったそうだが(※4)、こうして葡萄の時代がはじまった。



※1 ほっと胸をなでおろした

 オアンデルスンの敗北を知ったエレーニ派の将兵や平民がアイル=ルアレで蜂起し、鵑黒館けんこくかんに監禁されていた彼女を救出した。

 エレーニが解放され、兵に向けた演説の内容が広まると、オアンデルスンにくみしていた兵たちは次々と彼を見捨てた。

 オアンデルスンは態勢を立て直すために、アイル=ルアレの奪還を目指したが、州都が遠くに見える頃には、彼の軍はかいし、オアンデルスンは行方不明となった。

 対して、解放されたエレーニはぼくの道を探った。

 しかしながら、ハエルヌンは強硬な姿勢を崩さず、進軍を続けて、エレーニが父ボンテと親子二代で繁栄させてきたアイル=ルアレの焼き討ちを示唆しさしてきた。

 そのような情勢下で、オアンデルスン一派の残党が各地で蜂起し、ハアティムも不穏な動きを見せていた。

 このため、これ以上の混乱と犠牲を東州民にいるのは、州を預かる者として、父と自分の名を汚す行為と判断したエレーニは、無条件の降服に同意した。


※2 ハアティム候[ウデミーラ・ハオンセク]のおかしな動きに対して

 ウデミーラはハエルヌンから一切の軍事行動をひかえるように申し入れを受けていたが、治安の維持を名目に、ゴレアーナ家に奪われていた旧領の一部を占拠した。


※3 小ハオンセク

 ホラビウ・ハオンセクのこと。ウデミーラの長子。父親譲りのいくさじょう清廉せいれんな人物で知られた。後年、急進的なウストリレ進攻派として、ノルセン・サレと鋭く対立。ホラビウは常にノルセンへ敬意を示しつづけたが、ノルセンはかつのごとく彼を嫌った。しかしながら、逆にサレの長子オイルタンからは兄のように慕われ、ノルセンの死後、両家は縁戚関係えんせきかんけいを結び、ホラビウはサレ派のじゅうちんとして振る舞った。


※4 「赤い柘榴が輝く葡萄に負けたか」と言ったそうだが

 赤い柘榴はゴレアーナ家の家紋、輝く葡萄はブランクーレ家のそれを指す。

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