地にうずもれて(2)

 おおいくさのあと、サレが戦勝祝いのために、近北公[ハエルヌン・スラザーラ]のもとを訪れると、顔に血のこびりついたままのラシウ[・ホランク]が幕舎の前でめてほしそうに待っていたので、その頭を撫でてやった。

 それから、一緒に小川へ行き、お互いの顔の血をった。

 始終心配そうに、けんしわを寄せながら、ラシウがサレの痛む右肩を治療してくれたが、実にうまいものであった。


 幕舎の中へ入ると、公は足を投げ出して椅子に坐っていた。

「おまえほどではないが、私も疲れたよ。しかし、東南州の弱兵にも困ったものだ。今後の東部州への進攻計画が大きく変わってしまうかもしれない……。まあ、それはそれで、私にとって、つごうのわるい話ではないが」

 言い終わると、公はサレに椅子をすすめた。

 それから、サレの矢傷を心配するとともに、サレのひきいた兵たちのいくさぶりをいたわった。とくに、オントニア[オルシャンドラ・ダウロン]について、「いまやダウロンは七州一のいくさびとだな」と、その働きを高く評した。

 サレとしては、家臣を褒められてうれしくなかったわけではないが、公の発言はきたばんちょうどの[ルウラ・ハアルクン]に対して礼を失すると思い、やんわりと否定した(※1)。

 そのようなサレの言に対して、公は不満そうに鼻を鳴らしたのち、いくさが終わったあんの気持ちから疲れが出たのか、取り留めのない次のような話を独り言のように口にした。

「まあいい。新教の者の魂は月の裏側にあるという海に溶け、旧教の者の魂は太陽に溶けるというが、異教の者は善行を積めば空にあるという楽園へ、あくぎょうを重ねれば地の底の国で苦痛を味あわされるそうだ。その地の国とやらは、この我々が生きている世界より、ひどいところなのだろうか……。さすがに、もう十分、大地は血を吸っただろう。これで大公[ムゲリ・スラザーラ]のお遊びの後始末は済んだ。それにしても、七州の統一などと、よくも余計な夢を見てくれたものだ。その結果が、このような大きないくさで、多くの者がたいした意味もなく死んでいった。しかし、見方を変えて、いくさびとの数が多すぎたから、一連の争いが起きたと考えれば、これで大きないくさはなくなるだろうよ」



※1 やんわりと否定した

 この頃から、ハエルヌンは、いくさびととしてのハアルクンへの対抗として、ダウロンを持ち上げる言動が増えていく。これを、とくにハアルクン派の将兵は、あるじへの嫌がらせと受け取った。

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