第三章

地にうずもれて(1)

 サレが血と泥にまみれている間に大いくさは終わった(※1)

 ロスビン平原の北東側の出入り口にいたゾオジとズヤイリの親子がしんがりとなり、すくなくない兵を無事に故郷へ返した。

 近北公[ハエルヌン・スラザーラ]は、サレのいくさ働きを称賛してくれたし、重要な丘を守ることを優先した判断も良しとしてくれたが、「おまえは多くの東州人の恩人だな」といつもの嫌味を言うのを忘れなかった。



※1 サレが血と泥にまみれている間に大いくさは終わった

 史上有名なロスビンの戦いの顛末てんまつについては広く知れ渡っており、幾人もの史家が書物を残している。あえて注釈をつける必要はないと思われるが、念のため、簡単に言及しておく。

 ロスビン平原の東側の丘陵地帯にさくをもうけて、火縄銃と大砲で待ち構えていた東州軍に、ハエルヌンは無謀と言わざるを得ない突撃を、近北州軍に命じた(なお、ハエルンは大砲への感心が薄く、一門も配備していなかったとする史家もいるが、数門は用意していたようだ。ただし、それが有効に使われた形跡はない)。

 ここで多大な戦果を得たオアンデルスンは、政治的な状況が許すのならば撤退したかっただろうが、連合軍に対して圧倒的な勝利(たとえばハエルヌンの首)を必要としていた彼は、自ら柵を出て、中央軍の先頭に立ち、ロスビン平原になだれ込んだ。

 これに対して、クルロサ・ルイセおよびザケ・ラミ、ロアナルデ・バアニの軍は撃ち破られ、ハエルヌンのところまで東州兵が迫った。

 しかしながら、この決死の一矢はあと少しのところで届かず、その上、軍勢を立て直したルイセに背後を襲われる格好となり、オアンデルスンは撤退した(このとき、ハエルヌンは始終冷静で、撤退を進言する側近の言を「もう少し見ていよう」と拒否した)。

 なお、このとき、東州軍の百騎長が伝令を装って、ハエルヌンの命を狙ったが、もう一歩のところで、ラシウ・ホランクに斬り殺されている。

 東州軍の猛攻にい、ハエルヌンの中央およびタリストン・グブリエラの左翼が混乱状態に陥っていた中、いくさの趨勢すうせいを決したのは、右翼のルウラ・ハアルクンの軍勢であった。

 ハアルクンは柵から撃ち込まれる火縄銃の攻撃を巧みにしのぎつつ、腹心のポウラ・サウゾに騎兵を与え、ロスビン南側の険路を進ませた。

 結局、この騎兵が東州軍左翼に大混乱を巻き起こし、オアンデルスンに撤退を余儀なくさせた。

 なお、中央の突撃のために、ハアルクンの動きが鈍いことを見て取ったオアンデルスンは左翼から兵をいていた。

 これをもってオアンデルスンの敗因とするのは、彼に酷過ぎるだろう。

 いくさには運不運が多分に作用する。オアンデルスンの乾坤けんこんいってきの攻勢が成功していれば、左翼からの引き抜きは名采配とうたわれていたにちがいない。

 その後のいくさの経過としては、連合軍の中央と左翼が崩壊する前に、右翼のハアルクンの軍が敵の左翼を撃ち破り、サウゾの騎兵が東州軍中央の背後に回った。

 後方に現れたサウゾの軍に東部州の中央軍が混乱しているのをみて、ラミが少数の残存兵で攻撃をかけ、バアニとルイセがそれにつづき、三者は柵を越えた。

 東州軍は半包囲されたことから左翼以外も潰走をはじめ、逃げ出すために味方同士が争う始末となった。

 しかしながら、連合軍の追撃を右翼のゾオジ・ゴレアーナがしんがりとなって強固に防いだため、追撃の余力はないと判断したハエルヌンの指示で、連合軍は深追いを避け、「ロスビンの戦い」もしくは「姉妹戦争」とも呼ばれるいくさは終わった。

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