花、咲き乱れる丘にて (14)

 ズヤイリどのが兵を退くと、サレは約束通り、味方の追撃を禁止し、丘の上にとどまるように指示を出した。

 この判断については、あとでいろいろと言われたが、もし、ズヤイリどのを殺していれば、怒り狂った彼の家臣たちによって、サレの兵は壊滅していただろう(※1)。

 そのときは気にとめる暇もなかったが、先に丘の上を取られていたサレにとってごうがよかったのは、相手側に火縄[銃]の数が足りていないことだった。

 オアンデルスン[・ゴレアーナ]は、その戦術上の観点からか、もしくはゾオジとズヤイリの親子を恐れてか、十分な火縄を渡していなかった(※2)。

 あとはやはり、ズヤイリどのの方が、兵の数が少なかったのが大きかった。あとから、こちらのほうが兵数の多かったことを聞き、サレはひどく驚いた。


 サレがもっとうまく兵を動かせていれば、いらぬ苦労をしないですんだいくさであったろう。

 兵をずいぶんと無駄死にさせたことについて、能力の足りなかったサレに責任がなかったとは言わないが、塩賊を相手にするのが精一杯の彼に、大いくさの一軍を任せた近北公[ハエルヌン・スラザーラ]がいちばんわるかった。


 丘に留まるように指示をだしたとき、いちばん心配したのはオントニア[オルシャンドラ・ダウロン]のことだった。

 ポドレ・ハラグにオントニアを止めるように指示を出したところ、彼から「向こうの樹の下で休んでいますよ」との返答があった。

 その報告を聞いて、サレは、オントニアも人間だったのだなと思った。


 血と肉片。死体。傷ついた兵。

 それらに覆われた丘をみて、サレはハラグに、「変わらず来年も、きれいな花がさくのだろうな」と言った。

 ふたりが無言でいると、オーグ[・ラーゾ]がやって来て、死傷者の数を口にした。

 それに対してサレは次のように言葉を返した。

「コステラ=デイラでもそうだったが、自分の育てたものを自分で潰す人生だな、私の人生は。くだらない……。オイルタンには見せたくない光景だ。いくさはいかんよ。いくさは。人々の人生を狂わせる(※3)」



※1 サレの兵は壊滅していただろう

 当時も現在も、概ね、サレの判断を支持する者が多い。

 万が一、丘を占領され、そこを起点にゾオジがハエルヌンの本陣をねらっていたら、勝敗は逆転していたかもしれない。

 ロスビンの戦いにおけるサレの勲功くんこうは大であったと判じてよい。

 たしかに、サレが逃したズヤイリの残兵は、しんがりとして多大な戦功を上げはしたが、それはロスビンの戦い後の趨勢すうせいに影響を与えるものではなかった。


※2 もしくはゾオジとズヤイリの親子を恐れてか、十分な火縄を渡していなかった

 オアンデルスンは中央の軍に重点的に火縄銃を配備して、多大な戦果を挙げたので、これは穿うがった見方と言えなくもない。


※3 人々の人生を狂わせる

 サレの後半生は、ウストリレへの進攻反対に費やされたが、そこまで彼が熱意をもち、無数の敵をつくってまで反対をつづけた理由は明確ではなく、この回顧録にも書かれていないが(書かれていれば、この回顧録の史料的価値はさらに高まったであろう)、その理由の一端がかい間見まみえる箇所である。

 ウストリレ進攻問題に関する考察は、本回顧録で扱っている年代より後の話であり、深入りすべきではないと考えるが、サレがなぜ強固な反対に回ったのかについて推測したい者がいれば、ハエルヌンの意向、サレの厭戦えんせんぶん、長子オイルタンへの思い、この三点が鍵となるだろう。

 それらが複雑に絡み合い、後年の政治家サレを作り上げたのかもしれないし、歴史の表側に出て来ない何かしらの事件事情があり、サレをウストリレ進攻拒絶に向かわせたのかもしれない。

 何にせよ、真相は今後の新史料の発見を待つ必要があり、うかつな断定は避けるべき事柄と考える。それもあり、サレという人物の全体像をとらえるうえで重要な問題ではあるが、深入りは避ける。

 しかし、ここで余談ではあるが、この問題について、イアンデルレブ・ルモサの長子ズニエラにたずねたとき、以下のようなことを口にしていたので書き留めておく。

「前のホアラ候が、ウストリレ進攻に反対した根本的な理由は、生理的なものだったのではないだろうか。そして、いくさびとたちが進攻を求めたのも生理的なものだった。結局、天災と人災、言い換えれば、気象と人の感情がいくさを起こす。気象はどうにもならないが、人の心は制御できるはずだ。だから、徳のある政治が世に安寧あんねいをもたらすと言われるのだ。天災や人災が生じたとき、つまり、歴史が動いた時、人の本性が出る。だから、我々は歴史を学ぶのだ。人を知るために」

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