花、咲き乱れる丘にて (13)

 サレに刃を突きつけられたまま、連合軍の勝鬨かちどきのする方を向いていたズヤイリどのが、首を正面に戻し、美しいまなざしを彼に向けた。死を覚悟した者のそれであった。

 対してサレは、少しズヤイリどのから刀を離して言った。

「いくさは終わったようです。お互い、これ以上の殺し合いはやめましょう。すなおに兵を退いてくだされば、こちらは追いません」

 いつの間にか、サレとズヤイリどのの周りに、お互いの兵たちが集まっていた。ズヤイリどのの家臣たちは、あるじの命を助けようと隙を伺っていたが、それにはサレの刀がじゃまであった。

「わたくしの命を助けると?」

 そのように問われたサレは、黙ってうなづいた。

「別にあなたさまへ同情心を起こしたとか、そういうことではないのです。あなたさまを殺せば、あなたさまの家臣たちは生死や勝敗を忘れて、我々に襲いかかって来るでしょう。それは困るのです……。私たちの側にはそれに対処する余力がないからです」

 サレの言にズヤイリどのは逡巡を見せた。それをサレは一喝した。

「おまえもいくさびとでありたいのならば、ここは自分と家臣の命を救うべきだ。それが、いくさびとというものだ。ズヤイリ・ゴレアーナ」

 サレの言を受けたズヤイリどのは目端に涙を溜めながら、「わかりました。お話に乗りましょう」と返事をした。


 サレから差し出された左手を握り、ズヤイリどのは立ち上がった。

 それからまわりにいた家臣たちに撤退を命じた。ズヤイリどのに追い払われるように、彼の兵たちは丘をくだってった。

 サレも家臣たちにいくさをめ、敵を追わずに、この場を守ることを命じた。合わせて、丘を守るために、待機させていた火縄隊を上へあげるように指示を出した。


 家臣たちの様子をみながら、ズヤイリどのが、サレに別れの挨拶あいさつをした。

「いや、やれるとおもったのですが、さすがはサレどの。お強かった」

「わたくしを殺せるのは、この世でわが師、剣聖オジセン・ホランクだけですよ」

 本当は危なかったが、サレはとぼけてそのような言葉を返した。

「ところでズヤイリどの。あなたさまの隊の旗印はなんですか?」

 サレが、ズヤイリどのの部下が背中にさしている小旗の紋に指を向けた。

「ああ、あれは屈曲花まがりばなです」

「二度と、いくさ場で見たくはありませんな」

「そうですか? わたしはもっと強くなっていつの日か、花麦はなむぎの旗と再び対峙してみたいですが」

 ズヤイリどのの言に、サレはひとつ肩をすくめた。

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