花、咲き乱れる丘にて (10)

 サレが何とか態勢を立て直し、「ええい、まだ、矢がつきないのか」と忌々いまいまし気に言いながら、丘の上へ再度戻ってみると、遠くの方から猿のような叫び声が再度聞こえて来て、オントニア[オルシャンドラ・ダウロン]がまだ生きていることを知った。つくづく、奴は人間であることをやめているなとサレは思った[※1]。


 オーグ[・ラーゾ]の兵が丘の上へ到着したことにより、サレは目の前の敵にだけ集中すればよくなった。これはとても助かった。

 そこで、オントニア率いる北方の兵の様子を伝えに来たポドレ・ハラグから、お得意の偽装を進言されたが、無暗むやみ退けば全滅すると、サレは受け入れなかった。

 そのような芸事をする余力どころか、戦列を立て直す暇もサレにはなかったのだった。


「どうせ死ぬのなら、ホアラで死にたいところですな」

 ハラグが寄越した水筒に口をつけると、「どこで死んだって、行くところは同じだよ」とサレは言い返しながら、手にしていた水筒を落とし、痛みがひどくなってきた右肩を押さえた。

 あるじの肩の傷に気づき、包帯を差し出したハラグに対して、「刀の感覚が鈍るからいい」とサレは手を振った。

「しかし、三千の兵を率いる身分にもなって、自ら刀を振るうとは家名の恥だな。結局、いつまでも、いくさ場の泥にまみれて生きるのが私か。やるせないな」

 サレが嘆じると、「こういうのは、アイレウンさまのお役目だったはずなのですが」とハラグが応じた。

 「その通りだ。ずいぶんな貧乏くじを引いたものだ」と、数瞬、サレはどこまでも青い空を見上げた。血と骨と肉にまみれた地上から、目をそむけるように。



※1 つくづく、奴は人間であることをやめているなとサレは思った

 このときのダウロンのいくさ働きは人間のたがを外れていたらしい。

 発狂したかのように、敵味方関係なく、近づく者を馬上から刺し殺した。喉が渇いた彼は死体から腕を切り取り、その血をすすり、その肉を食らった。その様を見た者たちを心の底から震え上がらせ、「ホアラの吸血鬼」の異名を頂戴する次第となった。

 しかし、そんな彼でも、何度か後方に下がったり、馬から降りて戦ったりすることを余儀なくされるほどに東州兵は強く、「なかなか殺せん。おれひとりではどうにもならん。これはノルセンの負けかな」と、弱音すら吐いたとも伝わっている。

 なお、いくさ後、それまで自生していなかった、赤い葉の草が丘に生えるようになり、赤猿草あかざるそうと呼ばれた。これはのちにダウロン家の家紋となった。

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