花、咲き乱れる丘にて (9)

「敵の旗は柘榴ざくろでした」

「それはゴレアーナ家の旗だ。隊を示す旗があるはずだ。ほかにはなかったか?」

「ありましたが、見たことのないものでした」

「それでは話にならんじゃないか」

 上から戻って来た兵の報告へ怒声を浴びせている最中、サレの頭上に石や矢が降ってきた。遅々として進まぬ行列であったが、ようやく、丘の上が間近に迫っていた。

 道々の横では、幾人もの者たちが倒れ込んでおり、中にはすでに事切れている者たちも多数いただろう。

 このままでは士気がもたないと考えたサレは、自ら先頭に出て、兵たちに勇気を示す必要があった。

 しかしながら、あいにくと盾がなかったので、サレの前に横たわっていた、「母さん。助けて」と母親の名を虫の息で呼んでいた青年を頭上へ抱え、味方を押しのけるように猛進した。

 それにつられて、周りの家臣たちも勇を振るい、前へ飛び出た。

 その際に、サレの顔面へ目がけて大きな石が飛んできたので、「冗談はよしてくれ。兄弟そろって……。親子三人、みっともない死に方ができるか」と彼は怒った。


 サレが丘の上に立ってみると、先行した兵のおかげで、敵の包囲は崩れており、あちらこちらで首の取り合いが行われていたが、地面に転がっている死体は、味方のほうが多かった。

 サレも盾代わりにしていた若者の亡骸なきがらを前方へ放り投げてから、敵に斬りかかった。


 それからはもうめちゃくちゃであった。

 石、矢、火縄[の弾]が飛んでくる中で敵と斬り結んでいるだけでも大変だったのに、ときおり騎兵が、サレを目がけて飛び込んで来た。

 戦いは一進一退を繰り返し、サレは幾度も坂へ押し戻された。


 あるいくさびとと切り結んでいるときに、「東南州の兵にしてはお強い」とサレの名誉に関わる勘違いをされたが、言い返す余力のなかったサレは、必殺の小刀を投げて、どうにかその者を討ち取った。とにかく、サレの相手にした東部州の兵たちはどれも手強かった。


 半刻ほど戦ったであろうか。

 敵のほうから若い声の雄叫おたけびが聞こえると、彼らが猛攻をしかけてきて、サレの隊は丘の上から押し出されてしまった。

 またしても、丘の上から敵の攻撃を受けることになってしまったサレの兵たちであったが、このとき、オーグ[・ラーゾ]の別働隊が丘の上でいくさをはじめていたので、敵の動きは弱かった。

 しかし、これがよくなかった。

 サレがもう一いくさと坂道を上ろうとしたところ、顔見知りの古参兵が、鼻と口からどす黒い血を流しながら、死にかけていた。

 いくさ場でそのような者はほかっておけばよかったのだが、これはさすがにとどめをさしてやるべきだとサレは思い、そのようにした。

 そして、いくさの状況を確かめようと、丘の上のほうへ体をまわしたとき、サレの右肩に矢が刺さった。

 サレは声を出すのを我慢しながら、鼻で息を吐くと同時に、無理やりに矢を引き抜いた。矢尻を見てみると、彼の肉片がついていたので、もったいないなと思った。

 サレは幾多のいくさ場に出ていたが、体を傷つけられたのはそれがはじめてであった。

 矢が刺さると言うのはこれほど痛いものなのかと思いつつ、もう自分が年であることをサレは悟った。

 結果、その後も痛みをこらえてむりやり戦ったので、肩を痛めてしまい、とくに季節の変わり目や体調がわるいときにひどくしびれるようになった(※1)。

 この矢傷のために、刀術使いとしてのサレの技量は、下手へたをすればラシウ[・ホランク]に負けるほどに落ちたが、それまで生き残れて来られたことがふしぎな話であったから、とくに悔しいとも残念とも思わなかった。



※1 とくに季節の変わり目や体調がわるいときにひどくしびれるようになった

 晩年のサレは、黄疸おうだんと胃痛に加え、この古傷に始終苦しめられることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る