花、咲き乱れる丘にて (8)

 水が低い方へ流れるように、人は楽な方へ流れて行く。

 サレが丘を取りに行ったのは、敵がいない無人の丘をとり、そこから戦況をながめるためであった。[タリストン・]グブリエラの言に素直に従わず、楽をしようと考えたのだ。

 それがいまや、正体の分からぬ敵と戦うか否かの選択を迫られる格好となり、サレは大いに焦った。

 ここで相手が欲しがるのならば丘を手放し、無駄な時間を費やしたが、今からグブリエラのもとへ行くという手もあった。

 しかしながら、丘の道を味方に挟まれつつ、思案しながらのぼっているうちに、今度は、東、サレがうえを目指している方向から、敵方の者と思われる火縄[銃]の音がした。やがて投石がはじまり、味方が応戦する声が聞こえた。

 オントニア [オルシャンドラ・ダウロン]が先頭にいれば何とかしただろうが、彼が暴れ回っている様子はなかった。

 このとき、敵は丘の東側を三方から上っており、オントニアは、一番北側から最初に現れた騎兵隊を相手に突っ込み、乱戦をはじめていた。そんなことは知る由もないサレは、あのただ飯食いはどこでなにをしているのだ。丘の上はどうなっているのだと内心ないしんわめらすばかりであった。


 それは後ほど知ったことだが、上りやすかったこともあり、敵は兵を三つに分けて、丘の奪取を目指していた。

 それに対して、西側は道が険しいこともあり、サレは愚かにも兵を一列にして、丘の上を目指していた。いくさがあると思えば、そのようなくだらない選択はしなかったが、時はすでに遅かった。

 サレにできたことは、オーグ[・ラーゾ]の献策を受けて、後方の部隊を、別の難路から上らせることだけであった。その指揮を執るため、オーグはサレのもとから離れていった。


 この時点でも、サレは丘の重要性に対して半信半疑であった。

 おそらく、丘の先では、道を敵兵にふさがれ、兵の上から弓矢と投石が降り注ぎ、虐殺に近い光景が広がっているのだろうと思った。

 そう考えると、献策に乗ったのはサレであったが、オーグを恨む気持ちがその時になかったと言えばうそになった。


 サレが、ロスビンの戦いにおける、その丘の重要性に半ば気づいたのは、戦っている敵があまりにも強すぎた、精鋭ぞろいであることを悟ったときであった。

 ちなみに、オーグの話と自らの判断の正しさをサレが完全に理解できたのは、大いくさのあとに、冷静沈着で知られた西にしばんちょう[ロアナルデ・バアニ]に、肩をつかまれ称賛されたときであった。

 万騎長どのからオーグと同じような説明を受けたが、サレにはいまいちよくわからなかった。ノルセン・サレという男は決して無能ではなかったが、いくさにおける戦術眼と呼ばれるものは持ち合わせていなかった。

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