花、咲き乱れる丘にて (6)

 左翼最後方の丘で、サレは煙管を吸いながら、自分の出番が来るのを待っていた。

 サレの坐っている場所からは、東南州軍のあとぞなえしか見えなかったが、ときおり、どこからか、ときの声と火縄[銃]の音が聞こえて来た。


 事態が動き出したのは半刻後だった。

 木に登って戦況を眺めていたオーグ[・ラーゾ]が、血相を変えて降りて来て、サレに告げた。

「東南州軍のあとぞなえたちが動き出しました。おそらく本隊が劣勢のため、助勢に行くのでしょう。さきほどお伝えした丘も捨てるようです」

 オーグの言に、サレが煙管に新しい煙草を詰めながら、「おいおい。大事な丘ではないのか。なにをしているのだろうな、東南州軍は。体だけでなく、頭も弱いのか」と他人事のように言った。

「状況から察しますと、東州軍の前に、東南州軍が蹴散らかされつつあると考えるべきです。このままでは、丘を取られます。ほかに兵はいないので、我が軍で確保しなければなりません。あの丘からは、近北公[ハエルヌン・スラザーラ]の陣が見えます。勢いに乗った東州兵が押しかける可能性があります」

 まくしたてるオーグに対して、サレは無言で煙管に口をつけた。

「おまえの頭の中ではそうなのだろうが……。いま、前進するには決め手に欠けるな。とりあえずせっこうを出そう」

 のん気なサレに対して、オーグは生来の気性をあらわにして、「それでは遅い」と怒鳴った。

 そんなふうにふたりがやりとりをしていると、[タリストン・]グブリエラの伝令がやって来た。


 グブリエラの伝令によると、東州軍の猛攻にさらされ、東南州軍の本隊が虫の息とのことであり、それを救うため、今すぐサレの軍を動かしてほしいとのことであった。

 怒声のような声でそう伝えて来た伝令へは聞こえぬように、サレは小声で「東南州の弱兵が」と吐き捨てた。


「しかし、そうなると、あの丘はどうするのだ?」

と、サレはさきほどから、オーグが気にしている丘を指さした。

 それに対して、伝令は、「いまは東南公のお命が危ない時、丘などはどうでもよろしい」とサレに向かってどなった。

 その物の言い方にサレは気分を害し、「人は死ぬときは死ぬよ」と言い返した。

 サレに凄まれ、その刀の腕を知っていたであろう伝令は押し黙った。

 自分を落ち着かせるために、サレは煙管を一口吸った。そして考えた。

 東南州軍を助力しなければグブリエラが、丘を失えば近北公が、それぞれ命を危うくする。こういう場合に、どう動くべきか。グブリエラが死ねば、左翼全体が崩壊して、丘どころの話ではないようにも思えた。

 判断に迷ったサレは、ポドレ・ハラグとオントニア[オルシャンドラ・ダウロン]を呼び寄せることにした。


 ハラグとオントニアは、馬ですぐにやって来た。

 サレに、ハラグ、オーグ、オントニアの四人で、どうするべきか相談をはじめたところ、オントニアが、いまや無人の例の丘をほこで指し示し、「血の臭いがする。ものすごい血の臭いが。あそこだ。おれはあそこに行きたい」と言い出した。

 日ごろのオントニアの言うことに対して、サレはまったく聞く耳を持っていなかったが、いくさ場では別であった。

 ハラグだけが難色を示した中、サレの兵は丘を目指すことになった。


 伝令に対しては、直接、グブリエラの助勢に行くのではなく、一度、丘に上り、戦況を確かめたうえで救援に向かう旨を伝えた。

 サレは東南州に属しており、グブリエラはあるじであった。しかし、それは名目的なものに過ぎなかったので、伝令も強くは言うことができず、不満げな顔を浮かべながら、主人の下へ帰って行った。


 サレは騎兵を先行させ、丘を占領することにし、オントニアとハラグに兵を託した。その後にサレとオーグの率いる歩兵を進ませることにした。

 陣には、ロイズン・ムラエソの鉄砲隊とそれを守るゼヨジ・ボエヌの歩兵を残した。

 この時点までのサレの判断に大きなあやまりはなかったと思われるが、西側から丘に上るにはふたつの小道があったので、サレとオーグの隊を分けて進ませるべきであった。しかし、それはいくさが終わった後だから言えることであったろう。


 こうしてサレは、いくさびとにとってはこの世の中心のような場所、その他の者にとってはこの世の果てと言えるようなところへ、兵を送り出したのだった。

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