花、咲き乱れる丘にて (4)

 サレが[タリストン・]グブリエラの陣に到着すると、幕舎に案内された。

 中に入ると、青白い顔をしたグブリエラが心を落ち着かせるためか、ひとり、花をけていた。サレが挨拶あいさつをしている間も、花のくきを切る手を休めることはなかった。

 オーグ[・ラーゾ]が打ち合わせのために席を外す段になると、ようやくふたりの方を向き、オーグに向かって「ご苦労」と声をかけた。ひどくか細い声であった。


 椅子を勧められて、サレが坐ると、その顔をまじまじと見つめながら、グブリエラが微笑をひとつもらした。彼も、目の下のくまがひどかった。

せんちょうも昨夜は眠れなかったようだな」

「はい。このような大きないくさは初めてなので、ひどく戸惑っております」

「そうか」

土産みやげと言うわけではありませんが、火縄[銃]を扱える者を十名連れて来ました」

 サレの申し出に、グブリエラは生け花の様子を眺めながら、「火縄を十丁も……。なにかまた、わるさをしたな。わたしを共犯者にするつもりか」と苦笑しながら問うた。

「近北公[ハエルヌン・スラザーラ]にしっせきされる時は、どうか、お助けを……」

「お安い御用だ。何とか生き残って、叱責されたいものだな、お互い……。そのためには、火縄は何丁あってもいい」

 サレは黙って頭を下げた。


「ところで、昨夜、近北公から、あなたさまの裏切りに気をつけろと言われました。わたくしを面倒なことに巻き込まないでくださいよ」

 サレのつまらぬ冗談に対して、グブリエラは口角を少しだけ上げた。

「分かっている。忠誠心を見える形で示すよ……。安心しろ。もう、私に野心はない。今、私の頭の中にあるのは、娘のザユリアイに領地を残す事だけだ。だからこそ、今回の謀略に乗ったのだ」

「奥方様のご容体は?」

「わるい……、とてもな。千騎長の奥方がうらやましいよ。また、子を産んだそうじゃないか」

「また女ですがね」

「そうか……。サレ家の当主としては辛いところだな」

 それからしばらくの間、グブリエラの花を整える音だけが室内に響いた。

 かつてサレがそうだったように、天から失いたくないものを与えられ、グブリエラは変わったようであった。そして、それは近北公も同じであった。


「近北公というお方は、どういうお方なのだろうな。怖いお方だが、それだけではない。言葉にしづらいふしぎな魅力がある。それがあるうちは、あのお方は安泰だろう……。しかし、仕えづらいお方だ。千騎長、うまく付き合って行く秘訣があるのなら教えてくれ」

 グブリエラの問いかけに、サレはしばらく考え込んだのち、「むずかしいご質問ですが、一言でいえば、死を恐れぬことですかね」と答えた。

 それに対して、グブリエラはサレのほうを見て、「それはむずかしいな。死ぬのが怖いわけではないが、娘が独り立ちをするまでは何としても生き延びたい」と応じた。

「まあ、いい、千騎長。このいくさが終われば、大きないくさは当分あるまい。それからはお互い、文官として、近北公にお仕えすることになる。仲良くやっていこう。……昔のことは忘れてな」

 サレはグブリエラの言葉に、しばし戸惑ったのち、「はい」と深くうなづいた。

「私の娘が長じた際には、いろいろといくさびとのことも教えてやってくれ(※1)」

 「もちろん」と応じながら、サレはグブリエラに焦りのようなものを感じた。それは、いまから起きるいくさのためだけではないようにサレには思えた。


 幕舎を辞去するために、席を立ったところで、サレは学者どの[イアンデルレブ・ルモサ]の不在に気づいた。

「学者どのにもごあいさつをしたいと思うのですが、どちらにいらっしゃいますか?」

 そのようにたずねたサレに、グブリエラは花をいじりながら、「左騎射さきいはオアンデルスン・ゴレアーナの元にいる」と抑揚なく言った。

 サレがしばらくの思案の後に、「……そういうことですか?」と口にすると、「……そういうことだ」とグブリエラは答えた(※2)。



※1 私の娘が長じた際には、いろいろといくさびとのことも教えてやってくれ

 ノルセン・サレとグブリエラ家の協調関係はこのときからはじまり、それはタリストンの死後も後継者であるザユリアイとの間で続いた。

 ウストリレ進攻問題について、タリストンがサレとのゆうから中立派に、その死後、ザユリアイが消極的な反対派に回ったことは、サレの大きな助力となった。なお、彼女が消極的な反対派になったことについて、サレの影響が指摘されているが、その程度については、史家の間で議論が残っている。

 また、サレの長子オイルタンとザユリアイは、不倶ふぐ戴天たいてんの政敵となったが、父親たちからつづく交流から、私生活上では一定のつながりがあり、それが両者による内乱のぼっぱつという、最悪の事態を避けるうえで果たした役割は小さくなかったと考えられる。


※2 「……そういうことだ」とグブリエラは答えた

 同盟の使者兼人質としてオアンデルスンのもとへ送られていたルモサは、このときすでに、裏切りに逆上したオアンデルスンの側近の手で惨殺ざんさつされていた。

 この件について、ロスビンの戦いの後、ラウザドのオルベルタ・ローレイル宛ての書状にて、サレは次のように言及している。

「どこまでが本当の話かはわからないが、学者どのの死に、彼の近北公のちょうあいかさた言動を快く思っていなかった者たちは、留飲を下げたとのこと。とにかく、東南州は内部の争いに事欠かない。いまのように、東南公の求心力が低いままでは、州内をまとめるうえで、近北公の権威に頼らざるを得なくなるのではないかと愚考する」

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