森の中をさまようように(9)

 晩春六月下旬。

 戦備を整えたオアンデルスン[・ゴレアーナ]は、近北公[ハエルヌン・スラザーラ]打倒を名目に上京の兵を起こした。

 しかし、もはやいくさを起こさなければ、彼の面目が立たないところまで西進したところで、オアンデルスンを追い詰める三つの出来事が彼を襲った。


 一つ目は、東部州北管区にて、ハアティム侯[ウデミーラ・ハオンセク]が、オアンデルスンとの約定を破り、ハアティムのぜんしょうあくに乗り出した。

 当然と言えば当然の動きであったが、公も静観を要請していたので、彼の候に対する心証をいたく傷つけた。


 二つ目は、武力蜂起の際、たまたま都に滞在しており、東部州に戻れずにいた老高官が、おおやけで、エレーニ[・ゴレアーナ]の長子オンジェラの父親がオアンデルスンでないことをばくした。

 オアンデルスンは、監禁したエレーニの代わりに、息子をしゅうぎょ使につけ、自らをばんちょうけていた。このオアンデルスンの動きを、彼が勝った時のことを考えて、鳥籠[宮廷]が黙認していたので(※1)、その人事は東部州の統治上、一定の効果を上げていた。

 しかしながら、老高官の口から、オンジェラの父親が平民出のモイカン・ウアネセであることが証言されると、鳥籠としても動かざるを得ず、オンジェラの州馭使就任に難色を示す書状をオアンデルスンに送った。

 オンジェラの州馭使着任がせんしょうあつかいになると、東部州および西進中の東州兵に動揺が走った。

 この件について、オンジェラを州馭使に任じることができなくなるので、両宰どの[ウベラ・ガスムン]は老高官の暴露に難色を示したが、公は「老人の妄言ですませればいい。その時までに死んでくれていればちょうどいいし、生きていたならば死んでもらえばいい」と言葉を返したとのこと(※2)。


 三つ目は、[タリストン・]グブリエラの裏切りである。

 東部州の兵が動きはじめたのに合わせて、鳥籠は休戦と近北公との和議を求める使者を、オアンデルスンとグブリエラに出した。

 当然、オアンデルスンは話を蹴り、自らの大義をしたためた長い書状を、国主[ダイアネ・デウアルト五十六世]と今の大公[スザレ・マウロ]に送りつけた(※3)。

 しかしながら、オアンデルスンが、もはや近北公と一戦を交えねば、いくさ人として嘲笑を買うところまで兵を西進したところで、グブリエラが和議に応じ、近北公側に寝返った。

 その助力さえあれば、勝てぬまでも引き分けには持ち込めると考えていた、兵数のうえで頼りにしていた同盟者のグブリエラに裏切られながらも、引くに引けなくなったオアンデルスンは、東南州西管区のロスビン平原を囲むきゅうりょうたいに陣を敷いた。


 このあらかじめ、両宰どのとグブリエラの間で申し合わされていた裏切りは、都の話題を独占した。みやこびとは、「驚天動地」という言葉を口ぐちにささやいた。



※1 鳥籠[宮廷]が黙認していたので

 この黙認をハエルヌンが許したのは、東部州の自治の問題であると彼が考えたためであろう。万事そうだが、「州内のことは、その州の中で」が、彼の政治的な信条であった。

 ロスビンの戦いについても、オアンデルスンの方から攻めて来たという形に、少なくとも公の場で思われるように画策したのも、そのような彼の信条が働いたのだろう。

 自らの野心に基づき、他領を犯したと思わることを、ハエルヌンは終生嫌った。


※2 と言葉を返したとのこと

 老高官は戦後、自死し、オンジェラはオアンデルスンの息子として、州馭使についた。しかしながら、彼には平民公の名がつき、本人もそれを良しとした。

 本来の性向に出自がからんだためか、彼は平民層を大切に扱い、そのために、母エレーニと同じく、東部州の平民たちから絶大な支持を受けた。

 平民を大事にするという思想から、オンジェラはウストリレ進攻に消極的な姿勢を示し、かげになり日向ひなたになって、微力ながらもサレを支えつづけた。


※3 今の大公[スザレ・マウロ]に送りつけた

 この書状にスザレは発奮し、兵を起こそうとしたが、庶弟のオヴァルテンに「いい加減になさいませ。あなたの時代は終わったのです」といさめられた。

 それを伝え聞いたハエルヌンは、「好きにさせてやればよかったのに」と言ったとされる。

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