森の中をさまようように(5)

 ホアラに滞在中の近北公[ハエルヌン・スラザーラ]のもとへ、今の大公[スザレ・マウロ]からの使者が来た。

 しかしながら、使者に近北公は会おうとはせず、両宰どの[ウベラ・ガスムン]を介して、書状だけを受け取った。


 サレの執務室にて、書状を一読した近北公は顔をしかめて、「達筆すぎて読みにくいし、内容もよくわからない。何がいいたいのだ、これは?」と、「駒あそび」の相手をさせられていたサレにたずねた。

 書状を受け取ったサレが「南進の中止の要請と、ぼくあっせんの申し出のようですが?」と答えた。

 サレの話を聞くと、近北公は「何を今さらだが……」と言いながら、机に向かって何やら筆を走らせている両宰どのの方へ首を向け、「どうする?」と声をかけた。

 すると、両宰どのは筆を止め、ふたりのほうに冷めた目を向けた。

「和睦の仲介は必要だが(※1)、それは鳥籠[宮廷]にしてもらったほうがつごうがよい。その動きの邪魔をしてもらっては、私の計画が狂う」

 抑揚のない声で言い放った両宰どのに対して、近北公は何も言わず、盤上の駒を動かしながら、サレに声をかけた。

「大公もそうだが、都の者たちは、自分の立場というものがわかっていない。もはや国主や大公などというものは、我々、しゅうぎょ使が和議を求めるときの道具に過ぎないことを自覚するべきだ。権力と結びついていない権威に何の意味があると思っているのだろうか。力の裏付けのない言葉に意味はない。言葉だけで人が動くのならば、いくさなどは起こらない」

 「おっしゃる通りですが、使者にはどのように?」とサレが応じると、近北公はしばし考える素振りを見せてから、「返答は都に出向いて、直接大公に話すと伝えろ」と答えた。

「そろそろ、しっかりとわからせなければな。自分の立場というものを。大公たちには……。ウベラ、できたのか?」

 声をかけられた両宰どのは、机の上の書状を次々にめくりながら、「もうすぐ確認が終わる」と言った。

 それに対して、近北公は「それならいい」と口にしたのち、サレに向かって、次のように言った。

「準備は整いつつある。ノルセン・サレ、私はすべてを終わらせる。それで、私の役目もおしまいだ」



※1 和睦の仲介は必要だが

 オアンデルスンが和睦を受け入れないことを見越したうえで、彼が申し出を断ったというていにしたいという思惑があったのだろう。

 この頃、オアンデルスンは大音だいおんじょうでハエルヌンのまつりごときゅうだんしており、振り上げた拳を降ろすことができない状況に追い込まれていた。それには、ガスムンが企てた数々の謀略も影響していたが、本注釈では細かい点にまでは触れない。

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