森の中をさまようように(4)

 盛春五月。

 近北公[ハエルヌン・スラザーラ]が先遣の兵と共に、ホアラへ入った。

 サレは公のために自宅を明け渡し、やせ細っていた彼を休めさせることにした。

 そこで、サレはあいさつもそこそこに、彼が東南州へ連れて行く兵の数について、公と交渉をはじめた。事前に兵三千を用意しろと公から通達が来ていたが、ホアラの整備に金が必要であったサレには負担が大きすぎると思ったからだった。

「どうにか、半分の千五百になりませんか?」

とサレが願い出ると、日頃の友誼からか、同席していた両宰どの[ウベラ・ガスムン]は「よいのではないか?」と言ってくれたが、公は「だめだ」の一言で取り合ってくれなかった。

 それでもサレがぐずぐず言っていると、「こちらは別に、四千へ増やしてもよいのだぞ」と公が脅しをかけて来た。

 怖いことを言うお方だと思いつつも、それでもサレがめげずに交渉をつづけたところ、公は苦笑の後に、棒金を二十本くれた。「ほかの誰にも言うなよ」とのことだった。

「いくさ場は東南州になると思うが、オアンデルスン[・ゴレアーナ]とのいくさに勝ったら、そのまま東部州を制圧する計画だ。兵はひとりでも多い方がいいに決まっている。せんちょうにもなって、その程度のことも配慮できないおまえのようは無知むち蒙昧もうまいを従えて、いくさ場に出るのは怖いよ。いついかなる時も、いちばん怖いのは、おまえのような無能な味方だ」

 公から長々と嫌味を言われたが、派兵の費用が軽くなったサレには、痛くもかゆくもなかった。

 そもそも、ホアラを自領南端の要所と捉え、その開発を命じつつ、兵を三千も出せという公のほうが、道理にそむいているようにサレには思えた(※1)。


 ホアラでの仕事で寝る暇もなかったサレは、出兵するその日まで、何とかオアンデルスンとの間で和睦がならないかと夢見ていた。

 それほど、その頃のサレは、ホアラをラウザドに並ぶ街にするべく、夢中で働いていたのだった(※2)。



※1 道理にそむいているようにサレには思えた

 結果から言えば、もし、ロスビンの戦いにおいて、サレの兵数が千五百であった場合、彼の兵は壊滅していた可能性があり、それはまた、連合軍全体の敗北につながっていたかもしれない。

 いくさとは、小さな判断の積み重ねが戦局を左右するものだが、この場合は、ハエルヌンに一日の長があった。


※2 ホアラをラウザドに並ぶ街にするべく、夢中で働いていたのだった

 借金嫌いのノルセン・サレのもとでは、ホアラへの投資は限定的であった。そのため、ホアラが「海のラウザド、陸のホアラ」と呼ばれるほどの繁栄を築くのは、ノルセンの長子オイルタンによる整備をまたなければならなかった。

 しかし、ノルセンのために一言付け加えておくのならば、その振興のいしずえをつくり、方向性を定めたのは、彼ノルセンである。

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