森の中をさまようように(3)

 初春四月。

 モイカン・ウアネセの暗殺およびオアンデルスン・ゴレアーナの蜂起を、所詮は東部州内のこと、対岸の火事と高をくくっていた者たち、それにはサレも含まれるのだが(※1)、を驚かせる事件が起きた。

 東南州の[タリストン・]グブリエラが近北州との同盟を破棄し、オアンデルスン一派側についた。

 両者の間で交わされた約定がどのようなものであったのかは定かではないが、東南州東管区を含めた南部州をグブリエラが手にし、その他の州をオアンデルスン一派の切り取り次第とする、というものであったようだ。

 この場合は、西南州と東南州の両州を収めるグブリエラが、執政官に着任する話になっていたのだろう(※2)。


 ここで結果的に下手へたを打ったのが、摂政[ジヴァ・デウアルト]であった。

 摂政は[オルネステ・]モドゥラ侍従にオアンデルスンへの書状を書かせ、内々に支持を表明し、近北公[ハエルヌン・スラザーラ]に勝てば、彼を公敵にすると甘い言葉を書いた(※3)。

 その頃、大分、主従の関係に溝が生じていたそうだが、親近北州派の侍従は摂政の判断に抵抗した。しかし、結局は彼に従った。よって、近北公からすれば、侍従も同罪に映った。それは仕方のないことであったが、人に仕えるというのは本当に難しいことである。


 摂政の話を聞いたグブリエラは、学者どの[イアンデルレブ・ルモサ]を東部州のアイル=ルアレに派遣し、近北州に対して、早期に決戦を挑むべきだと主張した。

 学者どのの話を聞き、オアンデルスンは会戦を決意した(※4)。



※1 それにはサレも含まれるのだが

 ウベラ・ガスムンが着々と謀略の準備をしていた最中に果たして、置かれていた立場上、サレが叙述のような態度を取っていたのかについては、やはり疑問が残る。


※2 執政官に着任する話になっていたのだろう

 実際はそこまで大きな画は描いておらず、対ハエルヌンに向けた攻守同盟であったろう。また、ハエルヌン打倒後を考慮した約定が結ばれていたとしても、その後の経緯を見るに、グブリエラがより譲歩した内容になっていたと考えるのが妥当と考える。

 なお、この同盟を受けて、東南州内の反グブリエラ派の懐柔にグブリエラは成功するが、逆に親近北州派の家臣の反発を受け、家中は少なからず動揺した。これが、ロスビンの戦いにおける東南州軍の失態につながったと見る向きが多い。


※3 彼を公敵にすると甘い言葉を書いた

 この頃からのジヴァの動きにはよくわからない点が多い。

 ジヴァの企みは、ロスビンの戦いでオアンデルスンが負けたことで失敗し、責任を押しつけられたモドゥラはてんきゅうから追放された。

 その原因を、ジヴァの政治的判断能力の低下に求めるのは概ね妥当に思われる。しかしながら、その後のジヴァの精力的な活動を見る限り、そうとも言い難いところがあるのもまた事実である。

 後の経緯を考慮して、ジヴァの行動もガスムンの謀略の一環であり、彼に頼まれて、ジヴァが書状をオアンデルスンに与えたとする、一部の史家の見方にも、否定しきれないものがある。


※4 学者どのの話を聞き、オアンデルスンは会戦を決意した

 ウアネセ暗殺から会戦にいたる間に、オアンデルスンが残した書状などを見る限り、彼が武力蜂起後の処置について、相当悩んでいた様子が見て取れる。

 本来、彼は野心家ではなく、武力蜂起をした理由は、本人の自尊心と家臣の突き上げによるものであり、東部州の領地保全を条件に、ハエルヌンとの和議を模索していた形跡がある。

 その悩んでいたオアンデルスンを動かしたのは、配下の求めであり、グブリエラとの同盟、ジヴァからの書状であった。

 なお、オアンデルスンとはちがい、ウアネセが暗殺された時点で、早期の会戦を望んでいたと思われるガスムンは、オアンデルスンからの和睦交渉をのらりくらりと交わし続け、結局、応じることはなかった。

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