森の中をさまようように(2)

 [モイカン・]ウアネセ暗殺の一報をホアラで耳にした数日後、今度は東州公[エレーニ・ゴレアーナ]の夫であるオアンデルスン[・ゴレアーナ]が蜂起し、公を鵑黒館けんこくかんに監禁したらしいという噂が聞こえて来た(※1)。

 オアンデルスンの動きは早く、またたく間に東部州をその指揮下に置いた(※2)。

 東州公の庶兄であるゾオジ・ゴレアーナは、妹を人質に取られていたため、いくさを起こすことなく、オアンデルスンの旗下きかに降った(※3)。


 オアンデルスンが反旗をひるがえした理由は枚挙に暇がなかったので(※4)、なぜ、兵を起こしたのかについて、サレは疑問に思わなかった。

 それよりも、爆薬を足元に抱えていた東州公が、それを放置していたことに疑問がわいた。

 オアンデルスンが蜂起したことではなく、東州公ほどの傑物がそれを許したことに、サレは驚いたのだった。

 サレは東州公を化け物か何かと思っていたが、彼女も所詮は人間で、上ばかり見ていてつまずいてしまったということであろうか。


 一連のうわさを聞いて、やはり、ウアネセをやったのはオアンデルスンの一派だったかとサレは思った。と同時に、近北公[ハエルヌン・スラザーラ]の出方によっては、大きないくさになると思い、暗澹あんたんたる心持ちになった。しかしながら、ここでもサレのお気楽さが出て、自分がいくさ場に出ることはないだろうとまだ楽観していた。



※1 公を鵑黒館に監禁したらしいという噂が聞こえて来た

 ウアネセの死から武力蜂起までの流れを見る限り、かなり入念な準備がされていたと考えるべきだろう。そうなれば、やはり、ウアネセの暗殺はオアンデルスン一派の行いと考えるのが妥当と思われる。

 とは言え、もちろん、近北州が何らかの関与をしていた可能性を完全に否定することはできない。この点については史料的な裏付けがないので、今後の研究の進展が待たれる。


※2 またたく間に東部州をその指揮下に置いた

 この時期にウベラ・ガスムンが都の知人に宛てた書状によると、ウアネセの暗殺を聞いたハエルヌンは、その死を受けて、エレーニとオアンデルスンの派閥争いが激化することで、東部州がいくさのできない状況に陥ることを望んだ。しかし、それが、オアンデルスンの武力蜂起で叶わなくなったと知ると、和平の継続にひびが入ったことを悟り、深く嘆いたとのこと。

 この書状の内容が事実であるのならば、ガスムンが東部州に対する謀略に動き出したのは、オアンデルスンの武力蜂起後と考えるのが妥当であろう。

 もしくは、その日を予測して、事前に備えていたのだろうか。

 このあたりのガスムンの動きに対して、想像の翼を広げると、ウアネセの暗殺に近北州が関与していたのでは、という一部の史家の主張につながる。


※3 オアンデルスンの旗下に降った

 エレーニの父であるポンテが東部州を統治する以前の旧支配者層だけではなく、領土拡張を求める新興勢力もオアンデルスンの武力蜂起に賛同した。

 その動きに対して、「物を知らず、足るを知らない者どもは御しがたい。たいていの人間はそういうものだがな」という言葉を、エレーニが残している。


※4 オアンデルスンが反旗を翻した理由は枚挙に暇がなかったので

 オアンデルスンが武力蜂起に至ったのには、複数の要因があった。

 一、八九九年の妥協(近北州および東南州との和睦)への反意

 二、東部州北管区ハアティムに対する融和政策

 三、長子オンジェラの父親問題(実の父親はウアネセではないかという疑惑)

 オアンデルスンは、一と二の要因により、領土拡張を志向する配下の突き上げを受けており、また、長子の問題においては、深くその自尊心を傷つけられていた。

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