花駆ける春(9)

 五月。

 スラザーラ家およびブランクーレ家の世継ぎが生まれたことを祝う宴が執り行われた(※1)。

 北州公[ロナーテ・ハアリウ]をはじめとして、近北州のけんが全員そろった酒宴は華やかこの上なかった。

 北州公が作曲された「春の海」が流れる中、みな、なごやかに一時を過ごした。


 宴の途中で、とう[ルウラ・ハアルクン]どののばんちょうちゃくにんが発表されると場がわいた。

 「我が息子の刀となり、近北州を守ってくれ」と近北公きんほくこう[ハエルヌン・スラザーラ]は万騎長どのに声をかけた。

 万騎長どのにとっては、まさしく、この世の春であり、人生最良の、晴れがましい一日であったことだろう(※2)。


 馬較うまくらべ、まとなどの競技が行われ、老いも若きもいくさびとがよいところを見せようとがんばった。

 その様を見ながら、りょうさい[ウベラ・ガスムン]どのがサレにはしゃいだ姿を見せたので、みなが驚いた。両宰どのが笑うところすら見たことのある者がまれだったからだ。


 サレもなにか余興を見せよと、近北公に言われたので、彼は「花切らず」を見せた(※3)。一部の者の酔いを醒ましてしまったが、北州公に今一度と請われたので、出し物としては成功であったろう。


 両家の後継者の誕生を祝う品々が七州の各地から届いていたが、その中には、摂政[ジヴァ・デウアルト]のものもあった。

 彼も近北公の威光の前にはこれ以上争ってもむだであると感じ取ったのか、これまでの対立を詫びるような書状を送って来た。

 その摂政を仲介として、近北公は幼主[ダイアネ・デウアルト五十六世]のみことのりにもとづき、東南州と東部州の間に再度の和議を成立させた。

 すでに獲得した東南州東管区の一部を、東部州のものとするという内容であったので、タリストン・グブリエラは強固に反発したが、近北公は無視した。グブリエラの怒りは密かに学者[イアンデルレブ・ルモサ]どのへ向けられた(※4)。


 サレは東南州に厄災やくさいほうを感じ取っていたが、それはきわめてさいなことで、北伐の混乱からようやく、近北州の内も外も落ち着き、七州はらっきょしたと思った。



※1 宴が執り行われた

 ブランクーレ家当主であったボスカ・ブランクーレは、ハエルヌンに男子が生まれた直後に、当主の座を従弟に譲ることを求めたが却下された。一刻も早く当主の座から離れたかったボスカはごねたが、ガスムンの説得で折れた。

 ボスカとしては、最初から当主の座から離れられるとは思っていなかったが、少しでもハエルヌンの疑心を招きたくなく、そのような行動を起こしたのであろう。


※2 この世の春であり、人生最良の、晴れがましい一日であったことだろう

 このとき、ハエルヌンの息子とハアルクンの娘を婚約させたとする説がある。

 それは事実であったろうが、その後の両者にまつわる顛末てんまつおもんぱかって、サレは言及しなかったのだろう。


※3 彼は「花切らず」を見せた

 「せつりゅう」に伝わる手品をろうしたもよう。中に挿した花を切らずに、竹筒を斬るというものらしいが、詳細不明。

 なお、出席した者が残した日記によると、ラシウ・ホランクを的にして、サレは小刀投げも披露したが、酒のせいか手元が狂い、彼女を刺し殺すところであったとのこと。

 こちらはばつが悪いので、サレは書き残していない。


※4 グブリエラの怒りは密かに学者[イアンデルレブ・ルモサ]どのへ向けられた

 本人にその気はなかっただろうが、グブリエラの頭越しにハエルヌンと話を進めたルモサは、ふくしゅうぎょ使(当時、そのような職名はない)と陰で呼ばれていた。

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