花駆ける春(7)

 学者[イアンデルレブ・ルモサ]どのが、タリストン・グブリエラに献策をつづけていた近北きんほくしゅうと東南州の同盟がなった(※1)

 東南州東管区の陥落を見据えつつ、一枚岩ではない東部州にそれ以上西進させないことを念頭に、近北公[ハエルヌン・スラザーラ]と学者どのは同盟に踏み切ったのであろう。

 足元を見られた格好のグブリエラには思い余るものがあったにちがいない。

 同盟の内容も、近西州とのそれ、近北州への従属に近いものであったから、グブリエラのいきどおりに拍車をかけた。

 また、上機嫌の近北公が、「私に娘が生まれたら、ぜひ、学者どのの子息を婿むこに迎えたい」などと言い、世間知らずの学者どのが真に受けたので、彼とグブリエラの仲はさらに悪化した(※2)。

 学者どのとしては、その同盟が東南州やグブリエラのためになると思っての行いであったが、頭ごなしに進められたという思いのあったグブリエラは、そうは受け取らなかった。

 その後の学者どのに訪れた悲劇の原因は、彼一人に課すのは酷と言えなくもないが、当然の報いと言えば、当然の報いであった。


 同盟の条件のひとつに、ホアラの代官をサレに替える、つまり、ホアラを近北州の実質的な領地にするというものがあった。

 荒地の開墾に汗を流していたサレには寝耳に水の話であり、グブリエラの心情を想い、再考を促したが、近北公に拒否された。

 それどころか、サレに良きことをしてやったと思い込んでいた近北公は烈火のごとく怒った。

「彼の物は彼の物だ。奪いはしない。しかし、奪ったものは奪われることを彼は知らなければならない」

 この頃から、近北公には感情を抑えることができない場面が多々増えて来た。それは、生まれてくる子供のために節制をせねばならないと、酒を断ったことが影響していたのかもしれない。

 酒をやめた近北公は痩せる一方であった。

「花には咲くべき場所がある。場合によっては、人の手によって植え替えなければならない」

と近北公はサレへさとすように言った。

 サレは言外に、ホアラに公女[ハランシスク・スラザーラ]を連れて行くことを汲み取った。

 夫婦仲と呼ばれるようなものは最初からなかったが、公女と近北公の関係は、この頃には破綻していた。近北公が近づくのを公女が拒んだためであった。それは、繊細なところのあった近北公には、受け入れがたいものであっただろう。



※1 タリストン・グブリエラに献策をつづけていた近北州と東南州の同盟がなった

 サレは、ハランシスクの出産前に同盟がなったと記憶しているようだが、どうであろうか。

 確実な事柄としては、三月のロナーテ・ハアリウのじょうらくに、ハエルヌンとグブリエラとの間で会談があり、その場で大筋は決まっていたのだろう。


※2 彼とグブリエラの仲はさらに悪化した

 次期スラザーラ家当主の婚姻について、相談なく話をされたサレもひどく気分を害し、書状にてウベラ・ガスムンに正式な抗議を行っている。

 このように、ハエルヌンは本来備えていた調整能力や人心掌握術を失っていき、彼の言動による混乱が増えていった。

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