花駆ける春(5)

 翌日、かんまじえている東部州と東南州の状勢について、近北州が「介入」ではなく、「説明」を求める協議が行われた。

 その東部州側の代表がサレであったが、協議が行われる前に、サレは同行者たちに次のように告げた。

「きょうの私は案山子かかしです。話し合いの最中は黙っていますから、あなた方の好きなようにやってください。おそらく、それがいちばんよいはずです。もちろん、責任は私が取ります。あなた方も私が来て困っているでしょうが、私も困っているのです」

 同行者たちは皆一様に、あんと不安の混じった顔をサレに向けた。


 東部州側はゾオジ・ゴレアーナぐらいを出して来るかと思ったが、ゾオジ父子はハアティム地方に出陣中であったため、サレのよく知らぬ者たちが相手であった。

 その頃のサレはのんきにも、長子オイルタンに家督を譲るまで、荒地の開拓に精を出していればよいと高をくくっており、まさか、この後、大いくさに駆り出されるとは夢にも思っていなかった。であるから、この協議にも身が入らずじまいであった。

 しかし、後々に考えて見れば、このときの話し合いが重要な分水嶺ぶんすいれいのひとつであった。

 その協議において、東部州側は高官内での意見のすり合わせができておらず、そのために話し合いは難航し、長時間におよんだ。

 結果、その協議の様子を聞いた近北公きんほくこう[ハエルヌン・スラザーラ]の心変わりを誘った(※1)。

 すぐに表へ出ることはなかったが、公は東部州に対して強硬策に出る機会をうかがうようになった(※2)。

 とりあえず、公は両宰[ウベラ・ガスムン]どのに、東部州にてゴレアーナ家を良しとしていない勢力へ金を送るように命じた(※3)。



※1 東部州側は高官内での意見のすり合わせができていなかったようで

 当時の東部州は、北管区のハアティムに軍事的な不安材料を抱えながらも、東南州東管区で戦端を開いていた。それは、エレーニ・ゴレアーナの意思ではなく、彼女の夫であるオアンデルスン一派の圧迫を受けた結果であった。

 エレーニは平民階級から絶大な支持を受けていたが、騎士階級とは対立する傾向にあり、その原因は、彼女の父親ボンテがせんの身から成り上がり、ムゲリ・スラザーラの意向を受けて、西南州から派遣されてきたしゅうぎょ使であったこと、言い換えると、現在よりもさらに血が物を言った当時において、東部州の騎士社会で確固たる血縁、姻戚いんせきじょうの支持基盤をエレーニが有するに至っていなかったことが大きい。

 そのような支配者層の対立構造が「八九九年の妥協」で顕在化し、それが協議の場に参加する高官の人選にも及んだのであろう。

 エレーニに自分を支持する者だけを話し合いの場にそろえる力がなかったこと、つまり、東部州内の派閥抗争が激化していたことをハエルヌンに知られてしまったわけである。


※2 公は東部州に対して強硬策に出る機会を窺うようになった

 ハエルヌンは、東部州との約定で、東南州の東管区における争いには介入しないとげんを与えていた。しかし、それには、東南州が東管区を保持し続けるという前提が彼の中であった。

 その想定が、東部州の強兵の前に東南州側が危機的な状況に陥ることで崩れかかると、彼なりの平和を志向する姿勢と、対東部州強硬派であったルウラ・ハアルクン一派の突き上げもあり、ハエルヌンは方針の転換を画策しはじめた。

 なお、対東部州穏健派であったウベラ・ガスムンの軍事面における発言力が、第二次セカヴァンの戦いの勝利により、ハエルヌンがハアルクンを軍事的な後継者に指名していた影響で落ちていたことが、上の突き上げを許したと考えられる。


※3 ゴレアーナ家を良しとしていない勢力に金を送るように命じた(※3)

 当時における東部州の主な勢力は、エレーニ派およびオアンデルスン派と、両派に属さない土着の豪族たち、それにハアティムのハオンセク家であった。

 そのうち、近北州が金を送ったのは、土着豪族とハオンセク家であったようである。

 のちに土着勢力が蜂起して、エレーニ派とオアンデルスン派を苦しめる際に、近北州の金が用いられた。

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