花駆ける春(3)

 サレが近北公[ハエルヌン・スラザーラ]に、公女[ハランシスク・スラザーラ]の懐妊を報告すると、彼は思いのほか喜んだ。

「とにかく、警固に気をつけろ。一度、やられているからな(※1)」

 一瞬、暗い顔をした近北公であったが、「辛気臭い話はやめだ」と表情を明るいものにあらため、「ところで、おまえもせんちょうだ。女はひとりでいいのか?」とたずねてきた。

 良いところの娘を紹介してやってもいいと言う近北公に対して、サレは丁重に断った。

 すると、近北公から「なぜだ。奥方に気兼ねしているのか?」とサレは問われたので、「いえ、金がかかるからです」と応じた。


 公女のまわりには、腕の立つ女どもを都にいるときからはべらせていたが、念には念を入れるため、しばらくの間、ラシウ[・ホランク]をそばに置こうとしたが、公女が嫌がったので、その話はなくなった。

 公女からは「おまえがいればよいではないか。どうせ暇だろう」と言われたが、しゅうぎょ使の正妻のもとに、きょうだいの男が始終傍にいるのは、都ならいざ知らず、いなかでは近北公の名にかかわることに思えたので、サレは断った。そのように、公女へ理由を説明したが、理解は得られなかった。

 それに、サレも荒地でやらねばならぬことが山ほどあったので、代わりにオーグ[・ラーゾ]を公女のもとへやった。

 オーグも多忙を極めていたが、オントニア[オルシャンドラ・ダウロン]のような騒がしい男をスグレサにやるわけにもいかなかった。



※1 一度、やられているからな

 非嫡出ながら、ハエルヌンは男児を得たことがあったが、産後まもなく失っている。毒殺されたようだが、はっきりとしたことは不明。

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