北へ(7)

 サレはきんほくしゅうへいる間、何度かとう[ルウラ・ハアルクン]どのと会う機会があった。

 東左どのはもくしゅうれいで折り目正しく、目にすこしのけがれのない人物であった。

 近北州で、いくさびとの鏡と呼ばれている人から、そのような目で見つめられると、サレなどは我が身恥ずかしさから、つい、目をそらしてしまうのであった。

 東左どのとは、彼と「デウアルトのそう」と並び称された、亡き兄アイリウンの話をしばしばした。とくに、東左どのは、兄の死にざまに興味を持っていた。そのたびにサレは、思い出したくない生涯の汚点を思い出させられた。「顔は汚れておられましたか」などと、東左どのは聞いてくるのだった。

 サレと話す時は、常に温和な人物だったが、一度、いくさ場へ立てば、感情をむき出しにして、部下をしっ激励げきれいするお方らしかった。


 これまた年の瀬、サレが近北公[ハエルヌン・スラザーラ]に呼び出されたので伺候すると、東左どのとの話し合いの最中であった。

 東左どのの話を聞いている公は、常よりも居ずまいを正して、話の腰を折るようなたちの悪い冗談も言わず、東左どのから目をそらしながら、最低限の返答しか与えなかった。

 それに対して、東左どのは、ほほ笑みながら、ときおり冗談を交えつつ、用件を伝えていた。その間、公は真顔のままで、冗談に応じることもなく、ただただ、話を聞いていた。


 東左どのが退出すると、公がぽつりと漏らした。

「私には弟がいた。東左に討たれて、もうこの世にはいないがな。討てと命じたのは私だから、私が殺したようなものだが。まあ、やらなければ、こちらがやられていただろうから、仕方のないことだった」

 サレが言葉を返さないでいると、しばらくの沈黙後、公が言葉をつづけた。

「私とおまえはどこか似ている気がする。おまえは兄が嫌いで、私はハアルクンが嫌いだ……。いや、嫌いというのは言い過ぎだな」

「私は兄が嫌いではありませんでした。……とくに好きでもありませんでしたが」

「それは、苦手だったということではないのか。それとも関心が薄かったのか。無関心というのは、嫌い以上の感情だぞ」

 言葉に詰まったサレに対して、公は「まあ、いい」と言ったのち、次のように語った。

「ルウラ・ハアルクンはな、死に方と自分の死んだ後の名声にしか興味のない男だ。自分に思うところのあるあるじに対しても忠誠を尽くす姿が、自分の見栄えを良くすることを知っている男だ。忠義の臣と呼ばれたいのだよ……。私は、ハアルクンにとって、仕えがいのある男だろうよ。しかし、私から見れば、使いにくい男だ。おまえよりもな」

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