北へ(5)

 サレは公女[ハランシスク・スラザーラ]に従って、北州公[ロナーテ・ハアリウ]に、彼の館でお会いした(※1)。

 その後、公女と北州公は頻繁に書状をやりとりする仲になるのだが、このときは公女の人見知りのせいで、会話は主に、北州公とサレの間で交わされた。

 北州公は物静かで、生まれてから大声を出したことのなさそうなお方であった。こちらに恥ずかしさを感じさせる気品がおありだった。

 趣味は草木学そうもくがくであったが、公女から「北州略史」を渡されるとたいそう喜ばれた(※2)

 北州公が「北州略史」をめくりながら、サレに対して、「せんちょうのうわさはこのいなかまで届いております。失礼ながら、わたくしはあなたにたいへん興味がある。ぜひ、あなたに関する本も読みたいところですね」と冗談を言われた(※3)。



※1 北州公[ロナーテ・ハアリウ]に、彼の館でお会いした

 ロナーテ・ハアリウ。

 七州三名家のひとつである、ハアリウ家の当主。

 金山の発見により、きんほくしゅう群雄ぐんゆうかっきょの状態となる中でハアリウ家は零落していたが、その権威を理由に、ハエルヌンの祖父によって家格にふさわしい生活を送れるようになった。

 ハエルヌンの祖父は出自がたしかでなく、ブランクーレ家の末族を自称したが定かではない。その彼が近北州で頭角を現した際、少年ロナーテの権威を利用して、近北公にまでのぼめた。それ以来、ブランクーレ家とハアリウ家は、お互いに寄生し合う関係にあった。

 ハエルヌンのロナーテへの尊崇の念は強く、彼を「おかみ」と呼び、祖父の代からつづいていた国主への献金を取りやめた。

 そのために、近北州の者たちの国主に対する敬意が薄れ、ジヴァ・デウアルトがハエルヌンを敵視するようになった。


※2 公女から「北州略史」を渡されるとたいそう喜ばれた

 完成したものではなく、書きかけの草稿そうこうを見せたか、執筆中であることを話題にしたのであろう。


※3 と冗談を言われた

 のちの本回顧録の執筆につながる叙述である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る