権威権力(7)
初秋十月一日、公女[ハランシスク・スラザーラ]とサレは
秋晴れの涼やかな日だったこともあってか、ポドレ・ハラグがなごりおしい云々と言ったのに対して、サレは「そうか?」とのみ応じた。
オイルタンをはじめとした家族が近北州で待っていることもあり、サレに都への未練はなかった。
ただ、塩券の値が戻らぬままで(※1)、借金を返しきれずに去るのは心残りといえば、心残りであった。
公女は多くの
万歳の声に混じって、公女を護衛するサレに対する悪態が漏れ聞こえてきたが、彼はさほど気にしなかった。
しかし、「執政官殺し」は聞き流せても、「父親殺しの手先」という声を許すわけには行かなかった。
声の主にサレが近づくと、整った顔立ちの若い妊婦であった。
サレが馬上から素性をたずねると、モウリシア[・カスト]の側近の娘で、
サレも
その瞬間、沿道は大混乱となり、人々は蜘蛛の子を散らすように去って行った。
若い妊婦の死体は男たちの手によって抱えられ、逃げ惑う群衆の中へ消えていった(※3)。
異変を受けて、公女の
「私の悪口でも言っていたのか?」
「いいえ……」
「おまえのか?」
「いいえ。公女でもわたくしでもないお方のことを、叫んでいる女がおりましたので……」
サレがそのように応じると、しばらくの無言ののち、「あまり簡単に人を殺すな」という公女の声が漏れ聞こえてきた。
報告を終え、サレが馬にまたがると、公女を乗せた輿が従者たちによって持ち上げられ、のろのろと前へ進みはじめた。
※1 塩券の値が戻らぬままで
西南州の統治に対して、ハエルヌン・スラザーラの介入が望まれていたが、またしても彼がそれを避けたため、行政の改革や治安の維持に不安が残った。
勢力を回復しつつあった塩賊についても、西部州の問題として、ハエルヌンは傍観を決め込んだ。
結果、将来に対する懸念が残り、塩券の価格は上昇傾向にこそあったが、コイア・ノテの乱以前の値まで戻らずにいた。
※2 馬から降りて刺し殺した
貴族から平民の妊婦まで、さまざまな人間を斬り殺してきたサレの愛刀は、この頃から「
※3 逃げ惑う群衆の中へ消えていった
この女は死後に産気づき、男児を出産した。その男児こそ、のちにウストリレの将軍として、ノルセンの息子オイルタンを苦しめ抜くことになる、ファルエール・ヴェルヴェルヴァその人であったとの伝承が残っている。
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