権威権力(6)

 公女[ハランシスク・スラザーラ]が近北きんほくしゅうへ下向する直前、希代のきょうゆうゼルベルチ・エンドラがとうとう死んだという話が都に流れて来た(※1)。

 これをもって、八九二年のコイア・ノテの乱前に、せんしょうを含めてしゅうぎょ使だった者は、近北公[ハエルヌン・スラザーラ]をのぞいて表舞台から消え去った。


 近北公とよしみを通じていた長男がゼルベルチの跡を襲ったため、鳥籠[宮廷]としても、この者を州馭使に就けることに異存はなかった。

 長男の今後のことを考えて、近北公は、大貴族や今の大公[スザレ・マウロ]の反対を押しのけて、公女の名をもって、ようしゅ[ダイアネ・デウアルト五十六世]に対し、ゼルベルチへの州馭使位の遺贈を求めた。最終的に摂政[ジヴァ・デウアルト]が折れたので、それはなった。


 思い通りに物事が進んでいた近北公が、酒宴の席で、「人間のよいところは、かならず死ぬことぐらいだな」と、ゼルベルチの死を祝う言葉を吐いた直後に、後押ししていた長男の暗殺を知らされ、「人間のわるいところは、簡単に死ぬところだ」と落胆したとのこと。


 長男の死後、えん西せいしゅうは恐慌状態になり、その中で、ゼルベルチの血族や重臣が州馭使をそれぞれ僭称し、領地を奪い合う状況へ陥った。

 それに対して近北公は、「果実が自然に落ちるのを待てばよい」と静観を決め込んだ。


 この近北公の判断によって割を食ったのが近西きんせいしゅうであった。

 ゼルベルチの長男の州馭使着任に合わせて、ケイカ・ノテのそれも叶うはずであったが、鳥籠や近北公の判断により、事態が落ち着くまで保留とされた(※2)。



※1 希代の梟雄ゼルベルチ・エンドラがとうとう死んだという話が都に流れて来た

 新暦九〇〇年九月十八日に病死したとするのが定説である。


※2 事態が落ち着くまで保留とされた

 これには、ロアナルデ・バアニらに、州馭使の座を目前にぶらさげることで、近西州を自分につごうのよいように動かしつづけたい、ハエルヌンの思惑もあったであろう。

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