権威権力 (4)
九月十五日。
婚儀は何事もなく終わった。
サレから公女への
「あなたさまが、あなたさまの義務を果たせますように」(※1)
オヴェイラの族長さまが、高原より連れて来た聖なる羊を使い、古式に則って、儀式は執り行われた。公女[ハランシスク・スラザーラ]と近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]のふたりにとって、名誉極まりないことであった。
その他の祭事はサレが取り仕切ったが、公女の要望で必要最小限に努めた。
盃の馬乳酒を分かち合い、ふたりの婚儀はなった。
その際、前の大公[ムゲリ・スラザーラ]の所有していた、金剛石が施された刀の模造品を近北公が公女に贈った(※2)。
公女の花嫁姿は、とくに美しかったわけではないが、犯しがたい不思議な威厳を身にまとっていた(※3)。
婚儀の際の誓約書には、離婚時の財産分与の方法などに加えて、子をなしていた場合の取り決めが定められていた。
離婚時に女児がいた場合は、とうぜん、公女のもとで育てるが、男児の場合は、異例のことながら、近北公が扶育することとした。この件に関して、サレに異存はなかった。
誓約書の裏書に名を連ねた主だった者は、[オルネステ・]モドゥラ侍従、今の大公[スザレ・マウロ]、執政官[トオドジエ・コルネイア]、タリストン・グブリエラ、ゾオジ・ゴレアーナ、バージェ候[ガーグ・オンデルサン]、[オリサン・]クブララどの、オルベルタ[・ローレイル]などである(※4)
異例ながら、今後の事も考えて、平民のオルベルタにも
オルベルタが緊張のあまり、誓約書を破らんばかりに震えていたところ、近北公に「おまえが結婚するわけではあるまい」と言葉をかけられた。
また、大公が裏書をする際、「
そもそも、サレは大公を式へ呼ぶことに反対していたが、めずらしく公女から「そういうわけにはいくまい」とたしなめられていた。
州内が混乱していた遠西州からは、ゼルベルチ・エンドラの名で金が贈られてきた。
ゼルベルチ・エンドラが書状で
公女は東州公[エレーニ・ゴレアーナ]の出席を望んでいたが、公は「花婿とうわさのあった女が出てはまずかろう」と出席を見合わせ、庶兄のゾオジどのを参列させた。
上の理由はもちろん冗談であり、いくさ中のグブリエラとの間で、前の大公の葬儀には東州公が、今回の婚儀にはグブリエラが出席するという取り決めがあったためである(※5)。
返礼の棒金を出席者が近北公から受け取ると、祝宴がはじまった。そちらもつつがなく終わった。
同日、公女と近北公の連名で、
※1 「あなたさまが、あなたさまの義務を果たせますように」
昔の者は今の者とはちがい、幸せを祈るなどという、一種傲慢な物言いはしなかった。
不幸の少ないことや、サレのように、課された義務を果たすことを願ったものである。
※2 金剛石が施された刀の模造品を近北公が公女に贈った
刀はサレがラウザドに作らせた。女性が差すことを考慮して、ムゲリのものよりも小振りに
この刀はのちに、スラザーラ家当主であることを示す証となった。
※3 犯しがたい不思議な威厳を感じた
参列者の残した記録をみると、
※4 オルベルタ[・ローレイル]などである
州馭使でありながら、近西州のウリアセ・タイシェイレが記載から漏れている。どうも、サレの記憶には残りにくい人物だったらしい。
※5 今回の婚儀にはグブリエラが出席するという取り決めがあったためである
加えて、この時期は、東部州北管区のハアティムで、ふたたび自治権拡大を目指す動きが活発化しており、エレーニに都で
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