権威権力 (3)

 九月五日。

 公女[ハランシスク・スラザーラ]と近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]の婚儀に先立ち、遠北州の北端、「世界の背骨」の裾野にあるオヴェイラ高原から、婚儀に参加するため、族長さまが入京された。

 都に入られる際には、公女と摂政[ジヴァ・デウアルト]が出迎えて、スラザーラ家およびデウアルト家として、最上位の敬意を示した(※1)。鳥籠とりかご[てんきゅう]に至るまでの道筋は、縁のある貴族や騎士たちで埋めつくされた。

 族長さまの入京を実現させたことで、近北公の権威はさらに高まった(※2)。

 鳥籠に入った族長さまは、幼主のとなりに並び、大貴族たちのあいさつを受けた。しかし、その中に近北公らの姿はなかった(※3)

 族長さまからは、世にも珍しい銀鶏ぎんけいのつがいが幼主[ダイアネ・デウアルト五十六世]に、錦鶏きんけいのつがいが公女に、めい名鷹めいようが摂政に贈られた。

 それに対して、幼主は、金の細工を施した火縄[銃]と東夷の諸品を差し上げた(※4)




※1 最上位の敬意を示した

 七州に広まった民の祖先は、西南州のウルマ・マーラの森に住んでいた狩猟採集民とされている。その中から一部の者たちが、馬を求めて北上し、オヴェイラ高原に辿り着き、半農半牧の生活をはじめた。

 さらにその中から、再度、南下して、南部州の農耕民を侵略した騎馬集団の指導者がスラザーラ家であり、彼らに付き従った者たちが、いまの貴族たちの祖先にあたる。

 よって、彼らは主筋にあたるオヴェイラ高原の族長に敬意を抱いていた。スラザーラ家から分家したデウアルト家も当然、それに倣っている。



※2 近北公の権威はさらに高まった

 族長を呼び寄せた話の出どころは、近北州と和議を結びたがっていた遠北州の高官から出たもようである。

 結果、このあと、両州の間で和睦が結ばれ、ルオノーレ・ホアビアーヌによる領地のさんしょくは表向き止んだが、彼女の暗躍は止まらなかった。

 ホアビアーヌの専行への苦慮を書状にて、ウベラ・ガスムンがサレに打ち明けている。



※3 その中に近北公らの姿はなかった

 近北州は、遠国のグマランイシの王族(初代東州公)が開拓した土地という伝承をもつ。そのため、その末裔であるハアリウ家当主に忠誠を誓うブランクーレらは、デウアルト家に遠慮してか、あいさつに参加しなかったと思われる。

 のちほど南部州に土着したが、オンデルサン家、グブリエラ家、ゴレアーナ家なども、ブランクーレ家と同じく、初代東州公のもとで、近北州の開拓に加わった一族の末裔を自称している。


 七州の貴族階級およびその従者を祖とする騎士階級は、多数のオヴェイラ系と少数のハアリウ系からなる。

 その中で、ムゲリ・スラザーラは自身の属するハアリウ系の騎士を重用した。

 結果、ムゲリ時代の七州は、少数派のハアリウ系であるムゲリおよびその重臣たちが、多数派であるオヴェイラ系の貴族、騎士を抑え込むという対立構造をはらんでいた。そして、それは彼らの後継者の代になっても変わらなかった。

 七州は、貴族、騎士という少数者による支配の中で、さらに少数派のハアリウ系が支配権を握っていたことで、その恩恵に与れぬオヴェイラ系のいくさ人たちが不満を貯め込んでいたのである。

 このあとにロスビンおよびバラガンスのふたつのいくさが生じた原因のひとつには、この不満の爆発があった。そして、それは、「短い内乱」終結後に生じたウストリレ進攻問題にも直結していた。



※4 金の細工を施した火縄[銃]と東夷の諸品を差し上げた

 火縄銃はラウザドで造られたが、それをあっせんしたのがサレであり、ラウザドの有力者たちから彼はすこぶる感謝された。

 また、とうぜん、海外の東方諸国の品々を用意したのは東部州であり、こちらも他州に対して大いに面目を施した。

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