権威権力 (2)

 近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]や東州公[エレーニ・ゴレアーナ]が危惧したとおり、七州は二年連続で、冷害に襲われた。

 七州の民草の少なくない者が、来年も寒さが続くのではないかと考え、暗澹あんたんたる気分となった。


 作物の実りが悪かった結果、穀倉地帯を抑えるバージェ候[ガーグ・オンデルサン]の発言力が都で増した。

 息子のホアビウなどが、その増長を諫めたが聞き入れられなかった。

 そのため、バージェ候に対する疑心を近北公は強めた。

 無用ないくさに巻き込まれる者たちのことを想い、自らの命を賭して、前の大公[ムゲリ・スラザーラ]へ道理を説いたとき(※1)のガーグ・オンデルサンはどこへ行ってしまったのだろうか。

 バージェ候のうわさを聞くたびに、老いとは恐ろしいものだとサレは思った。



※1 前の大公[ムゲリ・スラザーラ]へ道理を説いたとき

 以下の真偽不明の挿話を指しているのだろう。

 遠北州討伐の前、ガーグはムゲリを茶室に招いた。

 ガーグは、調略を中心に時間をかけて遠北州を攻略したのち、ウストリレ進攻などという冒険は慎み、国力の回復を目指すという考えを持っていた。

 ムゲリはそれが気に入らず、また、司令官ガーグのもと、遅々として進まない(ように彼には思えた)遠北州討伐に業を煮やしていた。

 ふたりの間で激しい応酬が繰り広げられた最後に、ガーグは次の故事で主を諭した。

「異国の布教者から聞いた話です。東の海を渡った大陸の、さらに東端に、ひとりの若き王がいたそうです。王は西を目指して軍を発し、この七州の十倍以上の領地を手に入れました。しかし、彼はそれにも飽き足らず、わが国にはないような大河を越えて、次の国を目指そうとしました。しかし、それは適いませんでした。彼の家臣が、河を越えるのを拒否したからです。これより先に進みたいのならば、偉大なる大王、あなたさまおひとりで河を越えてくださいと。みな、疲れ切っていたのでしょう……」

 言い終わったガーグに、ムゲリは茶碗を投げつけると、茶室から出て行った。

 そして、すぐに、ガーグを北伐の司令官から解任した。

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