亡霊 (4)
九月四日の昼過ぎ。
ルモサ父子が
サレは一刻も早く、ボルーヌ[・スラザーラ]の娘に適当な夫を与えるべく、その人選に苦慮していた。それを鳥籠[宮廷]に顔の効く、学者どの[イアンデルレブ・ルモサ]に相談したところ、コリニ・ボジリアのなまえが出た。
ボジリアは大貴族の次男で学識豊か、寡黙で性は穏やかとのことで、いちおう反摂政派に属しているとのことであった。
のちほど実際に会ってみると、学者どのの人の見る目にいささかの疑問を持ったが、ボルーヌの名誉欲を満たす一族の出でありながら、権力から遠い家であったのをいちばんの理由として、近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]や東州公[エレーニ・ゴレアーナ]の同意を得て、十二月までに、サレはボジリアに娘を押しつけた(※1)。
打ち合わせを終えたサレと学者どのが、公女[ハランシスク・スラザーラ]の書斎に入ると、彼女は学者どのの子息ズニエラと大陸の地図をながめていた。
騒がしいものが嫌いで、とくに子供を蛇蝎のように避けていた公女にしてはめずらしい光景であった。神童との誉れ高いズニエラは別であったようだった。
「ここが七州だ。その東がウストリレ。そのさらに東にあるのは、何という国か知っているか?」
「はい。グマランイシです」
「そうだ。おまえはノルセンより賢いな」
そのようにサレを見ながら公女が言ったので、「わたくしでも、グマランイシくらいは知っていますよ」と彼は応じた。
そのような大人のやりとりを無視して、ズニエラが「彼らはどのような言葉を話しているのでしょうか。ウストリレと同じ言葉でしょうか?」と公女にたずねた。
問われた公女は少しだけ考えて、「たしか、図書館に、グマランイシの語学書があったはずだ。私が書いたのだ」と言った。
そして、サレに図書館から本を持ってくるように命じたが、その指示に従うことは彼には不可能であった。
「公女、図書館はもうありません。先の
サレの言を公女が
それに対して公女が「おまえはろくなことをしないな」とあきれた声で言った(※2)。
※1 ボジリアに娘を押しつけた
ボルーヌの娘は才色兼備のうえ、父親も金には事欠いていなかったので、ボジリアは喜んでスラザーラ家に婿入りした。
この回顧録が書かれたのち、ボジリアは反摂政派から
その協力には、ボルーヌの娘との婚儀を進めてくれたことに対する、恩義の気持ちも無関係ではなかっただろう。
対して、タリストン・グブリエラの確認を取らず、この婚姻に関わったイアンデルレブは主の機嫌を損ね、ふたりの間に生じていた隙間をさらに広げた。
※2 それに対して公女が「おまえはろくなことをしないな」とあきれた声で言った
ズニエラはこの時の経験がもとで、グマランイシの言語を学び、彼の地へ留学した。
その後に帰国し、史家として、また、ウストリレ進攻時に外交官として活躍したのは周知の通りである。
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