亡霊 (3)

 鳥籠とりかご[てんきゅう]をあとにした公女[ハランシスク・スラザーラ]とサレは、そのまま薔薇園[執政府]に入った。

 今の大公[スザレ・マウロ]の申し出を受け、大公、公女、東州公[エレーニ・ゴレアーナ]による会談を行うためであった。

 会談は三名だけで行われたため、あとからサレが公女に聞いた話では、以下のようなやりとりがあったらしい。


 まず、今の大公より、ふたりに対して、「一族上の姉妹が争うようなことが起きないように、東部州と近北州の融和に努めてほしい(※1)」との話があった。

 それに対して、東州公が「いくさは男のもの。しかし、できるだけのことはいたしましょう」と返答し、それに公女も同意した。


 また、大公より「スラザーラ家の家督は公女どのが継ぐべきだ」という、頓珍漢とんちんかんな話があった。

 会談の時点で、スラザーラ家当主をめぐる争いは決着を見ていたが、大公の耳に話は入っていなかった。いくさに敗れて落ちぶれて、鳥籠や薔薇園から見捨てられていた結果、だれも知らせてくれる者がいなかったのだろう。哀れなことであった。

 大公の言に対して、「家内の問題は家内で解決いたします」と東州公は取り合わなかった。公女も東州公に歩調を合わせた。


 主な話はそれくらいで、あとは雑談がつづき、これには公女だけでなく、東州公も辟易へきえきしたそうである(※2)。

 その中で大公が、デウアルト家に対する忠義を語る中で、高貴な者の血の義務という話をしたところ、東州公がひどく気分を害し、「州馭使に対して、義務に応じた権利、権利に応じた義務を与えて来なかったから、専制者が生まれようとしているのですよ」と言い捨てて、会談を切り上げたとのこと(※3)。



※1 東部州と近北州の融和に努めてほしい

 このスザレの物言いにより、四年後に行われた両州の争いは、一名を「姉妹戦役」と呼ばれるようになった。

 なお、上記の「姉妹戦役」を「後継者戦役」と呼ぶ者もいるが、ムゲリ・スラザーラの横死から第二次セカヴァンの戦いによるブランクーレの勝利までを「後継者戦役」と呼称する史家も存在する。

 さらに別の識者は、サレが「短い内乱」と定めた期間を「後継者戦役」とする。


※2 東州公も辟易したそうである

 サレは触れていないが、ハランシスクが会談中に居眠りをしたため、のちに、ゴレアーナの叱責を主従ともども受けている。


※3 会談を切り上げたとのこと

 デウアルト家による中央集権国家を目指していたマウロと、デウアルト家のくびきから外れようとしているゴレアーナには深刻な対立があった。このため、対ブランクーレで両者が協力し合うことはなかった。

 なお、会談の内容をサレより伝えられたブランクーレは、「無能の義憤ほどはた迷惑なものはない」という言葉を残している。

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