後継者たち (八)

 昨日のような歌妓かぎの取り合いなどというつまらない張り合いはよして、ふたりで仲良く飲もうではないかということで、九月一日の上花街かみはなまちは、近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]と東州公[エレーニ・ゴレアーナ]の貸し切りとなった。

 それはつまり、側近間の下交渉が完了し、そこで協議された内容について、両公により、最終的な決定事項を詰める場が必要になったということであった。


 サレにとってみれば忌々いまいましいことに、宴会はきのうに引き続き、彼が延焼を防ぐために作らせた空き地で行われていた。

 宴はすでにはじまっており(※1)、上座でふたり仲良く杯を交わしている両公に、サレは遅れたことを詫びた。

 近北公からは嫌味を言われたのに対して、東州公からは「あすの葬儀は頼むぞ」と声をかけられた。

 サレを冷めた目で見る者が少なくなかったが、彼は気にすることなく、与えられた席に坐った。それでも何人かはサレに近づき、あいさつと酌をしてくれた。その中には話のある者もあったが、サレはとにかく眠たかったので、礼儀に従って対処する以上のことはしなかった。


 いつの間にか寝ていたサレに声をかける者があった(※2)。

 両公がお呼びということで、サレが北の方へ顔を向けたが、ふたりの姿はなかった。

 どういうことかとサレが考えていると、両名は控えの天幕に入ったので、サレも陪席するようにとの指示であった。


 ふたりで派手に会うことにより、成った何らかの妥協を、広く七州と鳥籠[宮廷]に知らしめる腹積もりであったのだろうが、それにサレが巻き込まれるのは迷惑千万であった。



※1 宴はすでにはじまっており

 客の残した記録によると、東部州側からは、金の採掘に関するとうの書物と銀の馬上杯が、近北州側からは金と馬が贈られたとのこと。

 また、東部州が小規模商人からの関銭の徴収を廃止したことについて、ブランクーレからゴレアーナへ長い質疑があった。

 なお、小規模商人への関銭徴収の廃止については、西南州と近北州で実施され、どちらもサレは関わったが、結局、近北州では短期間で中止された。


※2 いつの間にか寝ていたサレに声をかける者があった

 これは事実で、宴に参加した者たちの幾人かが日記や書状に、サレの痴態を残している。ハランシスク・スラザーラやブランクーレの権威を笠に着た行為の象徴として、参加者の目に映ったらしい。「専制者のそう」と、文中で厳しくきゅうだんしている貴族もいる。

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